芥川龍之介について

芥川龍之介『秋』のあらすじや感想。

投稿日:2018年8月8日 更新日:

芥川龍之介と言えば、『』、『地獄変』、『杜子春』、『芋粥』、『羅生門』、『蜘蛛の糸』などなど王朝物を初期に書いており、要するに元ネタがあった作家なのですが、そこから脱却した最初の作品が『秋』です。後年、生活と離れた芸術至上主義、また神経衰弱に悩まされていきますので、近代的ないわゆる小説っぽい小説を書いたのはホント一瞬の期間なのですが、その時に書かれたのが、この『秋』です。

芥川龍之介史上、最も美しい小説であると思います。何でしょうか、清純さというか清らかさというか、何かそういうものが底の方を流れていて、とても、良いです。おそらく千冊くらいは本を読んできましたが、短編小説としては十指に数えてもいいかなというくらい素敵です。

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芥川龍之介『秋』のあらすじ

信子さんという女学生が主人公で、この子は結構な才女で、大学を出たあとにはきっと作家にでもなるのだろうと皆に言われていたような女の子でした。時代は大正なので、そうなると早々に結婚して家庭で小説を書くのじゃないかと思われていました。

彼女には俊吉という従兄がいて、その彼も文学青年で、二人は非常に仲が良かったのです。度々銀座やなんかでデートしていて、と言っても良く信子の妹の照子も一緒でしたが、ともかく、だから、皆、彼女は大学を出たら、俊吉と結婚するものだと思っていたのでした。

しかし、彼女は、大学を出るとすぐに大阪のサラリーマンと結婚してしまいました。それが皆には不可解で、何故だろうとウワサしあっておりましたが、やがてそんな話も忘れられました。

事の真相は、照子もまた俊吉を愛していたのです。妹思いの姉である信子はそこでパッと身を引いてしまった。照子は姉の思いに気づいていたから、身の千切れるような思いをし、大阪へ行く姉に償いの手紙を書いてそっと渡したのです。

大阪へ移った信子は、照子の手紙を度々読み返して涙を流しつつも、幸せに暮らしていました。夫は関西人ながら割と品のある人で、信子は幸福なのでした。信子は、家事の合間に小説を書き始めるのですが、夫は少しずつその本性というか、本音のところを垣間見せて来たのです。

というのも彼は根っからの商人で、芸術や文学なんてものに興味はなく、経済やお金のことばかりなのでした。小説を書く信子に、そんな暇があったら家事をしろだの、針仕事をすれば、買った方が安上がりだろと嫌味を言うのでした。

それでも、どうにか二人は夫婦として生活を営んでおりました。そんな折、照子と俊吉が結婚した知らせが届きました。幸せを願いつつ、何か不思議な心持ちになるのでした。

それから翌年の秋、信子は東京に行く用事があり、二人の新居に出向きました。新居で信子を出迎えたのは、俊吉でした。二人は数年ぶりに会ったにもかかわらず、すぐに打ち解け、昔のように話をします。やがて照子も戻り、家族三人で昔のように文学話に花を咲かせます。あいかわらず、俊吉は皮肉屋で理屈っぽくて、食卓に上った、家の鶏が産んだ玉子を取り上げて、人間の生活は、略奪からなるんだ、この玉子だって、略奪されたものさ、なんて言うのですね。

その晩、俊吉は良い月が出ているよと信子を誘います。それから、鶏小屋へ行き、二人して庭を散策しました。鶏を見て、俊吉は、寝ている、と誰に言うでもなく呟きました。信子の胸に、玉子を人に取られた鶏が眠っているのだ、いう言葉が去来しました。

翌朝、俊吉は朝早くから出かけますが昼までには戻るから必ず待っててくれと信子に言います。待っている間、姉妹で話をするのですがどうも照子の様子はふさぎこんでいるようでした。信子は半分冗談のように、あなたは幸せね、と言いました。照子は挑戦めいた目で、お姉さまもでしょ?と言います。

本当に、そう思うの?

言って信子はすぐに後悔しました。それから、照子は聞きます。お義兄さまは優しくないの?と。

二人の間に沈黙が流れ、それから、信子は口を開きます。照子が幸せなら、それでいいんだから。

嘘よ。だったら、どうして、昨日の晩……。そうして、照子は激しく泣きました。

信子は俊吉が戻る前に、家を出ました。幌車に乗り、駅に戻る道すがら、歩く俊吉を見かけました。声をかけようかと思いましたが、信子はついに声を掛けず、俊吉とすれ違いました。

濁った空、高く黄ばんだ梢、幌車に揺られながら、秋だ、と信子は思いました。

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『秋』の頃の芥川龍之介の背景

『秋』は大正9年の作品ですが、大正8年頃に芥川龍之介は作家としてかなり危機的な状況に陥っていました。大正8年に書いたエッセイ・随筆の『芸術その他』にてこう書いています。

芸術の境に停滞と云ふ事はない。進歩しなければ必退歩するのだ。芸術家が退歩する時、常に一種の自動作用が始まる。と云ふ意味は、同じやうな作品ばかり書く事だ。自動作用が始まつたら、それは芸術家としての死に瀕したものと思はなければならぬ。僕自身「龍」を書いた時は、明にこの種の死に瀕してゐた。

芥川龍之介『芸術その他』

また、こういう一節もあります。

芸術家は非凡な作品を作る為に、魂を悪魔へ売渡す事も、時と場合ではやり兼ねない。これは勿論僕もやり兼ねないと云ふ意味だ。

芥川龍之介『芸術その他』

というわけで、相当行き詰っていたわけですね。芥川龍之介は歴史に題材をとるのではなく、現代に題材を探し始めて、この『秋』にたどり着いたのです。

また、この悩んでいた時期は秀しげ子さんと不倫関係にあったこともあり、この『秋』の誕生にも彼女が一役買っているとかどうとか。まあ、美しい短編小説の裏側でものすごいドロドロの愛憎劇が幕を開けていたと思うと、なかなか恐ろしいものがありますね。芥川龍之介の人生等々についてはこちらの記事にまとめてますので、ご覧ください。

芥川龍之介『秋』の感想、解説

僕は何度読んでも、思い出すだけでも泣いちゃいますね。実に美しい心のやり取りというか、まったくもって、芥川龍之介らしくない……!

従妹の男性と、信子・照子姉妹の間で繰り広げられる三角関係の中で、田辺聖子さんのようなちょっとした気持ちの揺れが丁寧に描写されており、とても素敵な作品です。

例えば『』や『芋粥』において、理想が叶うとどうなるか?その奥にあるものは?というのを書き続けてきた芥川龍之介が、思想的なところから脱却し、理想を捨て、我慢し、その叶わぬ理想に映る美しさのようなものを描き出したのは、何だかとっても驚きで新鮮で、芸術ではなく、こうした生活に根差した小説を書いていたなら、彼自身の人生もまた変わっていたかもしれません。

ちなみに、実際はこのあとどんどん現代的な作品を書くのかと思ったら、『杜子春』とかも書いていて、結局なかなかうまく脱皮できぬままだったのですね。それもまたこの本作『秋』の切なさを加速させてる感じがします。

ともかく、とても美しい恋愛小説です。ぜひご一読ください。







-芥川龍之介について

執筆者:


  1. […] 気になるのは、こうした芥川らしい作風から抜け出そうと一生懸命書いた『秋』の直後、翌月にこのようなキリスト教をベースにした作品を書いていることですね。相当悩んでおったのでしょう。このモチーフの差は結構大きいので、『秋』の方もぜひご一読ください。 […]

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