芥川龍之介について

芥川龍之介の年表と作品一覧をつくってみた。

投稿日:2019年12月22日 更新日:

芥川龍之介は言わずと知れた大作家ですね。短編小説にかけては天才的で、すさまじい数の物語を十三年ほどで生み出してきました。当ブログでは、取り上げた作品をオススメランキング化したりしております。

それで、改めて芥川龍之介作品を延々と読んでいると、結構前半と後半で急激に作風が変わり、いつ書かれた作品なのか?によってどう読み解くべきかが大きく異なるなと思い、ちょっと作品年表をつくらないとよくわからないかもとつくってみることにしました。

ちなみに、翻訳やエッセイや手紙なんかも含めていくと、400くらいの作品が残っていることになります。作家デビューして13年ほどで芥川龍之介はなくなっていますから、年30作、月に1本か2本は小説を残してきたという恐るべき多作の作家ですね。

できるだけ正確につくっていきたいとは思いますが、ちまちま調べながらアップデートしていこうと思います。

芥川龍之介 0歳 1892年、明治25年

東京市京橋区入船町8丁目、現在の中央区明石町の辺りで牛乳屋を営んでいた実父の新原敏三と実母フクの長男として生まれる。本名も芥川龍之介。辰年辰日辰年に生まれたことから、龍之介と名付けられた。

ちなみに、芥川龍之介には姉が二人いて、長姉の新原ハツさんの方は龍之介が生まれる一年前に亡くなっている。その辺りのことは、『点鬼簿』に詳しい。下のお姉さんは、ヒサさん。

なお、実父42歳、実母33歳という厄年×厄年コンビから生まれたため、形式上一回捨て子にされている。

生後七カ月でフクさんが精神の病にかかってしまい(娘ハツさんの死の影響が大きかったとか)、東京市本所区小泉町、現在の墨田区両国あたりの母方の実家に預けられる。その母方の名字が、芥川だった。フクさんのお姉さんのフキさんに育てられ、芥川は大層この養母を愛した。

芥川龍之介 10歳 1902年、明治35年

実母のフクさんが亡くなる。亡くなった日は11月28歳だったので、芥川龍之介が11歳の頃のこと。

芥川龍之介 12歳 1904年、明治37年

養母フキさんの旦那さんである芥川道章の養子となり、正式に芥川家の子となる。この家はビジネスビジネスしていた実父新原家とは違い、旧家の士族で代々徳川家につかえる数寄屋の家であったため、江戸文人のような芸術・芸能を愛する一家であった。芥川自身、そういう暮らしの方が性に合っていたとか。

なお、このころ実父の新原敏三さんはフクさんの妹のフキさんと再婚し、子供もすでにいた。ややこしいお父さんだったので、新原家と芥川家は仲が悪くなる。

芥川龍之介 18歳 1910年、明治43年

第一高等学校に入学。成績優秀であったため、無試験で入学。同窓生は菊池寛や久米正雄。

芥川龍之介 21歳 1913年、大正2年

第一高等学校を卒業して、東京帝国大学(現東大)の英文学科に入学。このころ、お手伝いに来ていた吉村千代さんに恋をする。学のなかった千代さんのために、龍之介はひらがなでラブレターを書いている。しかし、身分が違うというようなことでこの恋は叶わなかった。

芥川龍之介 22歳 1914年、大正3年

東大の文芸誌であった『新思潮』の第三次版をつくろうという文学活動に参加。これが、芥川龍之介が”新思潮派”と呼ばれるゆえんである。その辺の詳細はこちらの記事に。

今度は幼馴染の吉田弥生ちゃんに恋をする。ところが吉田家の方は新原家と割と仲が良かったため、新原家とつながりのあるものと結婚するなどけしからんということでこの恋も破れてしまう。この苦悩が後の『羅生門』につながったとかどうとか。

ちなみに、この年は第一次世界大戦が勃発した年でもある。

発表作品

老年

これが芥川龍之介の処女作。第三次「新思潮」にて発表。

青年と死

「新思潮」にて発表。

ひょっとこ

12月、「新思潮」にて発表。

『バルタザアル』

『「ケルトの薄明」より』

『春の心臓』

『クラリモンド』

芥川龍之介 23歳 1915年、大正4年

代表作『羅生門』を雑誌『帝国文学』に発表。特に話題にならなかったが、その年の12月から夏目漱石が開く勉強会、いわゆる木曜会に参加し、漱石と交流を持つようになる。

発表作品

羅生門

「帝国文学」11月号にて発表。

仙人

芥川龍之介 24歳 1916年、大正5年

漱石との交流に刺激を受け、第四次「新思潮」を久米正雄、菊池寛、松岡譲らと創刊し、創刊号の「新思潮」誌上で『鼻』を発表。これが夏目漱石に絶賛される。そして、文芸雑誌「新小説」から執筆依頼を受けて『芋粥』を上梓。これが作家デビュー作となる。

なお、大正5年7月までが東京帝国大学の英文科の学生であった。12月からは海軍機関学校の教官となった。この仕事は大正8年3月まで続く。一時横須賀に住んでいたこともあったが、概ね鎌倉にいた。

発表作品

2月に第4次「新思潮」誌上で発表。夏目漱石の称賛を受ける。

芋粥

夏目漱石一門の先輩であった鈴木三重吉が顧問を受けていた「新小説」より執筆依頼を受けて、正式に作家として「新小説」9月号誌上にて発表。

手巾

10月、当時一番だった総合雑誌「中央公論」誌上にて発表。

煙草と悪魔

『孤独地獄』

『父』

『虱』

『酒虫』

『野呂松人形』

『猿』

『煙管』

『MENSURA ZOILI』

『運』

『尾形了斎覚え書』

『道祖問答』

芥川龍之介 25歳 1917年、大正6年

短編集『羅生門』、『煙草と悪魔』を発表。割と売れっ子だったようで、順風満帆の作家生活を送る。

発表作品

『さまよえる猶太人』

戯作三昧

『運』

『道祖問答』

『偸盗』

『忠義』

『貉』

『世之介の話』

『二つの手紙』

『或日の大石内蔵助』

『片恋』

『女体』

『黄梁夢』

『英雄の器』

『西郷隆盛』

『首が落ちた話』

芥川龍之介 26歳 1918年、大正7年

塚本文と結婚。『蜘蛛の糸』を子ども向けの文学雑誌「赤い鳥」に発表し、児童文学も書き始めるように。

第一次世界大戦は、この年で終結。

発表作品

蜘蛛の糸

地獄変

『邪宗門』

『奉教人の死』

9月号「三田文学」にて発表。

枯野抄

10月号「新小説」にて発表。

『るしへる』

『袈裟と盛遠』

『開化の殺人』

『邪宗門』

『毛利先生』

『あの頃の自分の事』

芥川龍之介 27歳 1919年、大正8年

実父の新原敏三が亡くなる。海軍機関学校での教師の職を3月に辞め、大阪毎日新聞社の社員となり、専属作家となる。

何というないものねだりか、めちゃくちゃ学があるというタイプではなかった妻の文さんと違うタイプの歌人秀しげ子と不倫関係になる。なるのだが、芥川の弟子ともうわさがあるということで一気に覚めてしまう。

遺稿となった作品『歯車』や『或阿呆の一生』の中で出てくる”狂人の娘”とはこの秀しげ子のことである。私はしばらくずっと、実母の娘だから芥川のお姉さんの話かと思っていたが、そうではない。秀しげ子のことだ。

発表作品

『犬と笛』

雑誌「赤い鳥」にて発表。

『きりしとほろ上人伝』

魔術

蜜柑

『開化の良人』

『きりしとほろ上人伝』

『沼地』

『竜』

『疑惑』

『路上』

『じゅりあの・吉助』

『妖婆』

『鼠小僧次郎吉』

『尾生の信』

芥川龍之介 28歳 1920年、大正9年

長男比呂志が生まれる。ちなみに、”ひろし”という名は、親友”菊池寛”の”寛”から来ています。(カンがペンネームで、ヒロシと読むのが本名。芥川比呂志は後に俳優、演出家となり、あの劇団四季の名付け親でもある。

発表作品

舞踏会

雑誌「新潮」誌上にて発表。

南京の基督

杜子春

黒衣聖母

『或敵打の話』

『女』

『素戔鳴尊』

『老いたる素戔鳴尊』

『捨児』

『影』

『お律と子等と』

『秋山図』

『山鴫』

『奇怪な再会』

芥川龍之介 29歳 1921年、大正10年

不倫相手だった秀しげ子が後に生んだ子供が芥川に似ていて、あなたの子ですよと脅迫めいたことをやられてしまう。自業自得な話ではあるが、これが芥川龍之介の苦悩のはじまりとなる。

ここですね、この年前後で芥川龍之介の作風が変わります。

大阪毎日新聞社の視察員となり、秀しげ子から逃げるように中国に行く。帰国後から体調不良が続くようになり、湯河原でしばし療養。

発表作品

妙な話

雑誌「現代」誌上にて発表。思いっきり秀しげ子のエピソードを元につくっている。

アグニの神

雑誌「赤い鳥」誌上にて発表。

『奇遇』

『往生絵巻』

『母』

『好色』

『俊寛』

芥川龍之介 30歳 1922年、大正11年

余りに書くのが苦しくなり、割と優雅に作家活動をしているように見えた志賀直哉の元を訪ねる。

次男、芥川多加志が誕生。親友の画家、小穴隆一の”隆”の字を訓読みにして万葉仮名で表した名前。後に芥川多加志は戦死している。最も芥川龍之介に似ていて文才もあったので、生きていたならば、もしかして偉大な作家になってたんじゃないかとかどうとか。「星座」になった人―芥川龍之介次男・多加志の青春 という本があったりするので、どんな人か気になった人は読んでみよう。

発表作品

藪の中

雑誌「新潮」誌上にて発表。

『神神の微笑』

雑誌「新小説」誌上にて発表。

『報恩記』

三つの宝

トロツコ

『魚河岸』

『おぎん』

仙人

『六の宮の姫君』

『侏儒の言葉』

『庭』

『一夕話』

『六の宮の姫君』

『お富の貞操』

『百合』

芥川龍之介 31歳 1923年、大正12年

関東大震災が起きた年。

発表作品

『漱石山房の冬』

猿蟹合戦

『雛』

『おしの』

『保吉の手帳から』

あばばばば

『雛』

『二人小町』

『保吉の手帳から』

『子供の病気』

『お辞儀』

『侏儒の言葉』

『不思議な島』

『糸女覚え書』

『三右衛門の罪』

『伝吉の敵討ち』

芥川龍之介 32歳 1924年、大正14年

不眠症に陥り、睡眠薬の服用を始める。

発表作品

『一塊の土』

桃太郎

『金将軍』

『第四の夫から』

『或恋愛小説』

『文章』

『寒さ』

『少年』

『文故古』

『十円札』

芥川龍之介 33歳 1925年、大正14年

三男也寸志誕生。親友であった法哲学者の恒藤恭の名「恭(きょう)」を訓読みし、やすしと命名された。芥川也寸志は、後に作曲家となる。

発表作品

『大導寺信輔の半生』

「中央公論」にて発表されたが、未完。

『早春』

『馬の脚』

『春』

『温泉だより』

『海のほとり』

『尼提』

『死後』

『湘南の扇』

『年末の一日』

芥川龍之介 34歳 1926年、大正15年、昭和元年

発表作品

点鬼簿

「改造」誌上にて発表。

『カルメン』

『三つのなぜ』

『春の夜』

『悠々荘』

『彼』

『彼 第二』

芥川龍之介 35歳 1927年、昭和2年

姉のヒサさんの旦那さんの西川豊の家が火事に遭う。その犯人ではないかと旦那さんが疑われたのを気に病み、旦那さんは自殺。生活、精神共に追いやられれていく。

4月に奥さんの友達であった平松麻素子と心中未遂を起こす。

7月、睡眠薬の飲み過ぎで自殺。亡くなった7月24日は、”河童忌”と呼ばれている。

発表作品

『玄鶴山房』

河童

『誘惑』

『蜃気楼』

『浅草公園』

『たね子の憂鬱』

『古千屋』

『冬』

『手紙』

『三つの窓』

『文芸的な、余りに文芸的な』

『続文芸的な、余りに文芸的な』

『或旧友へ送る手記』

事実上の遺書。

『闇中問答』

遺稿。

歯車

遺稿。

或阿呆の一生

遺稿。

『西方の人』

遺稿。

『続西方の人』

遺稿。

遺稿。

30歳あたりを境に、作風に変化が現れる

天才的な頭脳で閃きを古典に託し物語化していた芥川龍之介ですが、不倫関係にあった秀しげ子さんから逃げるように中国に行き、帰ってきた辺りから自分のことを書くようになったように感じますね。もうちょっといろいろ深堀してみたい。

ちょっと興味湧いたから読んでみたいけどこんなにあったら、いったい何から読んだらいいんだろう?という方向けに、繰り返しになりますが芥川龍之介作品おすすめランキングをつくってますので、何か参考になればいいなと思います。







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