芥川龍之介について

芥川龍之介の死因 小説を読んでいるだけでは知る由もない部分まで解説

投稿日:2019年11月18日 更新日:

1924年7月24日、芥川龍之介は35歳の若さで東京田端の自宅で精神科医でもあった作家 斎藤茂吉から処方された薬を大量摂取し、自殺しました。よって、死因は服毒自殺です。芥川龍之介が亡くなった7月24日は、芥川龍之介の作品『河童』にちなみ、”河童忌”と呼ばれています。

その晩まで、芥川龍之介は『続西方の人』という小説を書いていたのですが、ではなぜそもそも芥川龍之介は自殺しなければならなかったのでしょうか?

芥川龍之介、自殺の遠因

様々な要因が複雑に絡み合って、彼は精神的に追い詰められていきました。いくつかの要因を取り上げてみましょう。

不倫関係にあった秀しげ子との不和

芥川龍之介という人は塚本文さんという方と結婚し、三人の子宝に恵まれていたのですが、27歳の頃に歌人 秀しげ子という方と不倫関係になります。そんなに長くもそこまで深くもなかったようで、しばらくして芥川龍之介の弟子に当たる人物ともうわさになったりしたので別れたのですが、後に秀しげ子さんが身ごもり、その子が芥川龍之介に似てるとかどうとかで恐喝めいたことをされるようになりました。今で言うところのストーカーみたいなものですかね。

これは芥川龍之介の作風を大きく変化させるほどの強烈な体験となっています。中国上海に行ったり、神経衰弱気味になったりはすべてここから始まっています。

義理の兄の鉄道自殺による生活の逼迫

自殺する半年ほど前となる1927年、昭和2年の1月、芥川龍之介の姉であるヒサさんの旦那さんの西川豊氏の家が火事に遭いました。この火事が保険金を目当てにした放火ではないかと犯人の疑いがこの西川豊さんに掛けられました。これを苦にして義兄は鉄道自殺をしました。身内が自殺したという精神的ショックもあったのでしょうが、このヒサさんの一家も養っていかなければならなくなり、彼の生活はかなりの苦しめられたようです。

閃輝暗点という病

晩年芥川は不眠症になって亡くなる3年ほど前から睡眠薬を常習的に服用するようになったりと精神的に不安定な状態にあったのですが、ギザギザとした光の輪が見え、その後強烈な片頭痛に襲われるという「閃輝暗点」という病気に書かれました。

芥川龍之介がこの病にかかっていたという事実はおそらくあまり知られていないでしょうが、おそらく多くの方がギザギザの何かを目にしていたことはご存知でしょう。そう、名作『歯車』で描かれる、彼にしか見えない歯車はこの閃輝暗点であると言われています。

ドッペルゲンガーを見たから

あとは、上述の『歯車』にも出てきますが、 芥川龍之介は自分の分身であるドッペルゲンガーを見ていたようです。それがまあ死につながったのかもしれませんね……という説も無きにしも非ずです。ちなみに同じようにドッペルゲンガーを見たのかはわかりませんが、『泥濘』『Kの昇天』で扱っていた梶井基次郎も結核で早世しております。

自殺した理由は、ぼんやりとした不安

久米正雄に送ったものとされている『或旧友へ送る手記』の中で、生活苦、病苦、精神的苦痛が動機のすべてではなく、それらは動機に至る道筋であるに過ぎないとはっきり書いています。

ではなぜ彼は死んだか。これは非常に有名な言葉でありますが、「ぼんやりとした」不安によって死ぬのだと書かれています。「僕の将来に対する唯ぼんやりした不安」から死ぬのだと。

ぼんやりした不安とは何なのか

死ぬ直前にも平松麻素子という女性と心中未遂を起こしており、死に傾倒していた芥川ですが、あれだけの才気を放って心の裏の裏までビシバシ明文化した天才をもってして、と言わしめた、この「不安」とはいったいなのか。

そのすべては、『或旧友に送る手記』と同様、久米正雄に残した遺作『或阿呆の一生』に解剖し尽くしたと書かれています。

……と思って『或阿呆の一生』を読むと、これは芥川自身の人生を書いた、シンプルな文章ながら非常に難解な作品となっています。ありとあらゆる自己弁明を廃した自身の人生はセンスのかたまりのような文章でビリビリ来るものがあります。事前の知識も相当いるし、凡人が読むには、めっちゃ難しい。

ぼんやりとした不安を前に、くっきりと死のうとした芥川

ともあれ、ともかく、先の『或旧友に送る手記』、また芥川龍之介の『遺書』と併せて読むと、相当明確に死のうとしている。なんかとち狂って死んだような感じではないのですね。自分の愚かさは分かりつつ、確かに死を求めている。希死念慮みたいな、言い方悪いですがメンヘラちゃんみたいなことにはなってない。死ななきゃいけない、という感じです。

で、結局彼自身の苦悩とは何なのかというのはまあ多種多様な論文が書かれるようなテーマなのだろうと思いますが、いろいろ彼の作品を読んでみて、そして『或阿呆の一生』を読むと、もしかしたらこの人は頭が良すぎるのかもしれません。

芸術至上主義者であり続けようとした芥川龍之介

『或阿呆の一生』は20歳の頃の芥川の描写から入って、人生は一行のボードレールにも若かない、みたいな感じで始まるのですがとにかく芸術主義者で、古典を読み解きまくり、そこから人が描かれなかった人のちょっとやらしいところ、汚いところがめちゃくちゃ見えて、ずばずば書ける。それは余りに美しい小説ではあるのですが、人が生きている小説というよりは、非常に達観した、まさしく神のような視点で書いているように感じます。いや、ような、ではないですね、実際『蜘蛛の糸』のように、実際仏だったり仙人だったりの視点で人を見ていますから。

普通はちょっと鼻持ちならないものになりそうなものですが、天才すぎるのでそういう視点で書けちゃう。師匠である夏目漱石の死の世界さえ『枯野抄』のように達観してやらしい視点で書けちゃう。

天才に襲い掛かる、「生活」の恐ろしさ

ところが、結婚した辺りですかね、新聞社に就職した辺りですかね、その辺から生活というものが芥川にのしかかります。その辺りでどうも達観しきれなくなってくる。芸術至上主義者であった彼に初めて人生というものが出現し始める。なんか、中二病が長い人だったのかもしれませんね。天才に悪いのですが、そういう印象を受けます。

妻のこと、母のこと、生活のこと。それがじわじわと彼に襲い掛かり、美しいものを見つめ続けようとする彼となんか齟齬が出てきたというか。生活欲をいくら捨てようとも、生活は確かにそこに存在している。もしかしたら、仙人のようになりたかったのかもしれませんが、そうはなれなかった。(誰もなれませんが)

神になれなかった果ての自決

『或旧友へ送る手記』の最後の方に、こういう一節があります。

僕はエムペドクレスの伝を読み、みづから神としたい欲望の如何に古いものかを感じた。僕の手記は意識してゐる限り、みづから神としないものである。いや、みづから大凡下の一人としてゐるものである。君はあの菩提樹の下に「エトナのエムペドクレス」を論じ合つた二十年前を覚えてゐるであらう。僕はあの時代にはみづから神にしたい一人だつた。

美しいものを追い求め続ける彼の理想を叶えるには、人生は余りにもどうも険しそうで、そこには「唯ぼんやりとした不安」が広がっていたのではないかなと思います。

まあ、芥川龍之介というのは生活を営む文学というのとは全く違うところにあるのですね。同じように自殺した太宰治なんかはものすごい私小説ですが、三島由紀夫なんかは芥川龍之介に割と近しいのかもしれません。

それ故、飾りのない、何でもない恋愛小説の『』が輝いて感じられますね。この方向に才能を伸ばせたならば、たぶん芥川は自殺しなかったのではないかなと思います。

芥川龍之介、いろいろ読んでみてその天才の思想に触れてみると考えさせられる点がたくさんありますよ。Amazon Kindle Unlimitedなら芥川龍之介の代表作も読み放題です。







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  1. […] 『歯車』の作者は芥川龍之介です。レインコートを着た幽霊、ドッペルゲンガーみたいなものに出会い、その不安な心境が描かれています。初出は1927年。芥川龍之介が自殺したのは1927年7月24日のことで、途中までが生前に発表され、後は遺稿として発見されました。 […]

  2. […] 1923年の婦人雑誌『女性改造』が初出となるようで、芥川龍之介は1927年、35歳で亡くなっていますから、割と晩年の作品ですね。では少しご紹介してみたいと思います。 […]

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