イワン・ツルゲーネフ

19世紀のロシア最大の文豪 イワン・ツルゲーネフ

1818年11月9日、ロシアのオリョールに生まれた文豪。三人兄弟の次男。ロシア文学の王さまのひとり。

同じ時代に、『アンナ・カレーニナ』、『戦争と平和』を著したレフ・トルストイ、『罪と罰』を書いたフョードル・ドストエフスキーがいる。『ボヴァリー夫人』を著したフランスのフローベールも同時代。

ちなみにロシアの文豪といえばアントン・チェーホフがいるが、調べると彼らと比べて50年ほど後だった。ゴーゴリはわりと近いが、42歳でなくなっており、活躍した世代がちょっと前になるようだ。

さて、19世紀当時のロシアは、1721年から続くロシア帝国の時代である。ロシア帝国は、日本が日露戦争した相手である。そう思うと、ものすごい大昔だ。ちなみに1818年の日本は文政元年。完全なる江戸時代である。

皇帝がおり、貴族がおり、という時代で、農奴制が存在していた。土地を保有する領主がおり、そこに農民が暮らしている。農民は農耕し、税を領主におさめる。領主は教会や貴族や騎士である。

なお、ツルゲーネフは貴族の方の人間であるが、どうも社会主義に寄った発想をしていたようだ。

農奴制解放をアシストしたイワン・ツルゲーネフ

しかしながらツルゲーネフはこの農奴制に強く反発しており、1847年、29歳の頃にロシアの雑誌『現代人』にて発表した『猟人日記』はそんな農奴制の悲惨さを写実的に表現した作品で、ツルゲーネフはこのために投獄された。

(宮本百合子の『ツルゲーネフの生き方』によると、投獄されたのは1842年にゴーゴリの死を悼む追悼文を発表したからという記載があった)

しかし、この作品を後のロシア皇帝アレクサンドル2世が皇太子の頃に読んでおり、感銘を受け、ついに1861年農奴制解放を発布することになった。今から200年ほど前は、小説が政治を動かす時代であったのだ。

恋多きイワン・ツルゲーネフ

なお、初恋の少女が自分のお父さんに恋してしまい、一家がグチャグチャになっていく様を描いた『はつ恋』は、自伝的小説であるらしい。お母さんは大地主で、お父さんは零落した貴族のイケメンだったそうだ。すごいお父さん。

お父さんに似て、ツルゲーネフもイケメンだったのか、多くの恋をしている。当時どうかわからないが、現代の価値観で言えばなかなかのクズっぷりで、アドブーチャ・イワーノヴという農奴の娘の間に子をもうけているが、アドブーチャのことはあっさり捨てている。

没は1883年。65歳の時、脊髄癌を病ってパリで死去。日本は明治16年。まだ内閣の存在していない時代だ。晩年はロシアにはあまり戻らず、パリで過ごした。

これは、オペラ歌手ヴィアルドという女性の存在が関係している。彼女は母親から送金を断たれたツルゲーネフに資金を出しており、生活のすべてを彼女に依存していた節もあるらしい。

最後に、ツルゲーネフ作品は、二葉亭四迷が翻訳・紹介をしたことで、近代日本文学にも大きな影響を与えた。一番知られる作品は『あいびき』。

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イワン・ツルゲーネフの『初恋』のあらすじ、感想などなど。

『初恋』は、ツルゲーネフの自伝的小説です。作中に登場する次の一文は、ツルゲーネフの父自身が遺した言葉でもあります。 女の愛を恐れよ。かの幸を、かの毒を恐れよ。 ツルゲーネフ自身はかなりたくさんの恋をし …