宮本輝

宮本輝の『泥の河』のあらすじとか映画情報とかとか。

投稿日:2016年2月26日 更新日:

  • 宮本輝 デビュー作
  • 太宰治賞受賞作

やなぎ食堂の息子信雄と、船に暮らす家族との交流を描いた、宮本輝のデビュー作。舞台は昭和30年。戦後10年であり、市道にはまだ馬車が行き交っていた時代だそうだ。

堂島川と土佐堀川がひとつになり、安治川と名を変えて大阪湾の一角に注ぎ込んで行く。その川と川がまじわるところに三つの橋が架かっていた。昭和橋と端建蔵橋、それに船津橋である。

大阪市の西区が舞台の作品であり、今その場所には『泥の河』の文学碑が建てられている。

宮本輝の死生観のあらわれ

唐突にも思える一節であるが、やなぎ食堂へ馬を引いてやってきた男に宮本輝は冒頭このように言わせている。

死んだら何もかも終わりやいうのん、あれは絶対嘘やで。

そして、その直後、男は溶けたアスファルトに足を滑らせた馬の荷の下敷きとなり幼き信雄の目の前で死ぬのである。死んで終わりでなければ、この男は死んでどこへ行ったのか……。この一節を枕とし、『泥の河』の物語は展開していく。

馬が引く荷の中の鉄くずを盗もうとした少年”松本喜一”と、信雄が出会うのである。そこから、惨めさ、貧しさ、悲しさ、ありとあらゆるものが信雄に襲い掛かって来る。

お化け鯉は何なのか

お化け鯉は、信雄と喜一だけが共有する秘密である。彼らだけがその姿を見ている。泥の河の上には、喜一の一家が、生きて浮かんでいる。泥の河の下には、ゴカイ取りの老人が沈んでいる。

泥の河は、生と死を一緒に併せ呑み、流れているのだ。

生きていることと死んでいることとは、もしかしたら同じことかも知れへん。

これは、後に宮本輝が発表した『錦繍』の一節であるが、『泥の河』の存在は、この思想そのものなのだ。そこを浮き沈みし流れていくお化け鯉は、命そのもの、とでも言おうか。

生きていることと死んでいることは、とても近いところにある。水面を境にしたかのような、ほんのわずかな差なのかもしれない。わずかな差ではあるが、冒頭の男は、なぜ馬車に引かれ死んだのか。そして、なぜ自分は生きているのか。生きていることと死んでいることは、同じことなのかもしれないが、生きているということ自体に何か意味が、意義が、あるのではないだろうか。

ふたりの少年は、ともに泥の河のほとりに暮らしているが、ふたりの人生はそれぞれ異なる。ここに、なぜ生きているのか、という問いに、なぜ生まれながらにして人は違うのか、という新たな問い掛けが加わって行く。(このテーマは、後に『春の夢』でも出てくる)

廓船(船版の売春宿みたいなものか)で暮らす喜一は、漂いながらも”そこ”でしか生きていくことができない。一方の信雄は、やなぎ食堂を営みながらも、新たな新潟という土地へと父の意志で移り住もうとしている。同じものを見つめながら、同じ悲しさを共有しながら、二人の少年が運命に翻弄されながら、静かにすれ違って行く姿が何よりも悲しく、切ない。

 

映画化された泥の河

油につけた蟹を燃やして遊ぶ、という得も言われぬ美しいような残酷なような風景。次の作品となる『螢川』での絢爛たる螢の明滅など、もともとこういう残酷な美しさを描く感性を持った人だったのだろう。

『泥の河』は小栗康平監督によって映画化された(本作が小栗康平氏の監督デビュー作)のだが、確か映画化する際に前述の油につけた蟹を燃やすシーンを試したら全然燃えて歩かなくて、作者宮本輝さんに聞いたら、あれは作り話ですから……と言われて、かなり困ったというエピソードがあった。映画の『泥の河』ではそのシーンは蟹の背中の奇妙なほど一部分だけ燃えており、これは相当監督、スタッフさん、皆苦労したのだろうなと思わされた。

ちなみに、アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた数少ない邦画の一つである。あと、加賀まり子がすごいキレイだった。







-宮本輝

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  1. […] 泥の河 第13回太宰治賞 […]

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