宮沢賢治

『ひかりの素足』のあらすじとかとか。

投稿日:2016年2月24日 更新日:

  • 作者 宮沢賢治
  • 大正10~12年頃成立

雪道を遭難した一郎と楢夫の二人兄弟の物語。山小屋、峠、うすあかりの国、光のすあし、峠の全五編からなる。極めて宗教色の強い作品である。死の淵に追いやられた二人の兄弟が、地獄へ行き、それから仏陀と出会い、生の世界へとふたたびもどってくる物語で、後の大作『銀河鉄道の夜』にもつながる世界観だ。調べてみると、仏教において仏足石というものがあり、文字通りお釈迦さまの足型を仏像のように信仰する云われがあるらしい。

ひかりの素足 あらすじ

山小屋へ父親と泊まりに来ていた、一郎と楢夫の二人兄弟が山を下る話。父に連れられて来ていた二人兄弟は、途中で馬を引く人について山を降りることになる。雪が降り積む雪道を、くだっていく。

馬を引く男は、道中旧知の知り合いと長い立ち話をはじめる。家までは峠を越えたすぐ先だ。天候も悪くない。幼い兄弟は自分たちだけでも大丈夫だろうと帰路を辿りはじめる。

ところがである。山の天候は兄弟たちに次第に牙を剥きはじめる。とうとう歩くことも叶わなくなり、ふたりは抱き合い、吹雪の中を耐える。

やがて気がつくと、吹雪は已み、空は黄色く、一郎はひとりぼろきれをまとった姿で藪の中を歩いている。そして、幻のようについたり消えたり風前のともしびのような楢夫の姿を認めた。二人は帰り道を探して、向こうに見えるぼんやり明るい光へと歩いていく。

そこには自分らと同じような子どもたちが鬼に追いたてられて歩いているのだ。鬼は鞭を打ちつけ、子どもたちを歩かせる。一郎は楢夫をかばい、自身が鞭に打たれようとする。

その時、「にょらいじゅりゃうぼん第十六」という言葉が響き、地獄のような空間は一転ぼうっと金色に包まれ、大きな立派な人がまっすぐにこちらに歩いてくる。その人の足は、白く光っていた。

みんなひどく傷を受けてゐる。それはおまへたちが自分で自分を傷つけたのだぞ。けれどもそれも何でもない、

こゝは地面が剣でできてゐる。お前たちはそれで足やからだをやぶる。さうお前たちは思ってゐる、けれどもこの地面はまるっきり平らなのだ。さあご覧。

そこは、極楽となる。青い宝石の床の上に、金銀細工の木が立ち並び、豪奢な建物がそびえる。ひかりの素足のその人は、楢夫にこう言う。

「お前はもうこゝで学校に入らなければならない。それからお前はしばらく兄さんと別れなければならない。兄さんはもう一度お母さんの所へ帰るんだから。」

そして、一郎に言う。

「お前はも一度あのもとの世界に帰るのだ。お前はすなほないゝ子供だ。よくあのとげの野原で弟をてなかった。あの時やぶれたお前の足はいまはもうはだしで悪い剣の林を行くことができるぞ。今の心持を決して離れるな。お前の国にはこゝから沢山の人たちが行ってゐる。よくさがしてほんたうの道を習へ。」

一郎が「楢夫」と叫ぶと、そこは、雪の道の上だった。一郎は、楢夫を抱いたまま雪に埋まっていた。楢夫はかすかに微笑んだまま、息絶えていた。

風の又三郎

文中、風の又三郎が出てくるが、そもそも風三郎という名の風の神が岩手ではまつられているそうで、そこから来ているらしい。風は東北地方にすむ人にとっては畏怖なる存在なのだろう。

にょらいじゅりゃうぼん第十六とは

漢字で書くと、「如来寿量品第十六」。法華経の大事な教え。法華経のわりに、唱えただけで地獄が天国へと姿を変える。これは何教の話なのだろう。どちらかというと、南無阿弥陀仏の方がふさわしく感じる。

そもそも宮沢賢治は、浄土真宗の家に生まれており、彼の心理のうちに独特の宗教観が生み出されているのかもしれない。

トシの死と『ひかりの素足』

弟の死を描く『ひかりの素足』であるが、賢治におけるトシの死が本作にどれほど影響を与えているのか。『ひかりの素足』は大正10~12年頃までに書かれた作品だそうで、トシの死をちょうどまたいでいる。何度か書き直しが行われているそうだ。

この物語が悲しく心を打つのは、ついに楢夫が助からぬことに他ならないが、妹トシの死を受け止めざるをえない自身の境遇と重ね合わせたのか……。

なぜ一郎は生き、楢夫は死ぬのか

あんまりにも辛いので、ちょっと視座を変えてみる。一郎と楢夫というのは、それぞれに強い心と弱い心を託したのではないだろうか。雪の峠を歩くふたりの兄弟の姿は、試練に立ち向かう人の心の移ろいのように感じる。

一郎はあまりに強く、楢夫はあまりに弱いのだ。ここに彼の宗教観がありありとあらわれている。つまりは、逆境と戦い抜く者だけが生き抜くことができることを、実は宮沢賢治は『ひかりの素足』で描いたのではないだろうか。







-宮沢賢治

執筆者:


  1. […] 『ひかりの素足』をさらに発展させたような印象を受ける作品ですね。法華経だけでなく、キリスト教の影響も大きく見られ、その死生観、宇宙観はまさしく宮沢賢治が生み出したひとつの銀河のように感じられます。読むと、宇宙をめぐる生命の神秘に触れたような心地がしますよ。宗教っぽいですが、まあ宗教っぽい話ですし。また、幸せやよく生きるということがテーマになっています。 […]

  2. […] そもそも風の又三郎とは何なのでしょう? ひかりの素足においても、風の又三郎というのが出てきますが、風三郎という名の風の神が岩手ではまつられているそうで、そこから来ている言葉です。『風の又三郎』は、この神の到来、そして去っていくまでの物語ですね。 […]

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