芥川龍之介について

『地獄変』のあらすじ、解説、感想など。

投稿日:2016年8月12日 更新日:

芥川龍之介の『地獄変』という小説をご紹介します。もともと『宇治拾遺集』という本の中の『絵仏師良秀』という一節があり、それを芥川龍之介が膨らませて書いたものになります。芸術至上主義たる芥川の思いが感じられる一作です。

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地獄変のあらすじ

堀川の大殿様はそれはそれは偉い方で、皆畏怖を成すように彼を信奉していました。彼の乗る牛車でケガした老人でさえ、大殿に轢かれて有り難い、というような始末でした。この物語の話者はこの大殿様に20年ほど仕えた男で、様々な逸話を知っているのですが、中でも恐ろしかったのは地獄変の屏風についてです。

地獄変の屏風を描いたのは良秀という絵師でした。良秀は天下きっての絵描きで、筆を取らせれば右に出る者はいない、と言われるほど有名な男でした。年は50過ぎ、背の低い、痩せこけた意地の悪そうな風貌の老人で、性格も卑しく、陰では猿秀などと陰口を叩くものもおりました。

さて、そんな良秀にも一人娘がおり、その娘は大殿様のもとで子女房として仕事をしておりました。この娘、良秀とは似ても似つかぬ美しい娘で、かつ愛嬌もある子でしたので、ひどく女房連中にもかわいがられていました。

そんな大殿様のところには、一匹の人なれた猿が暮らしていましたのですが、若殿様がいたずらで良秀と名付けていたのです。まあ見た目は似ていたようですが、いかんせん猿ですのでそこらじゅうを汚しまわしたり、悪気なくいたずらもしますから、皆その猿をいじめていたのでした。

娘はたまったものではありません。猿が可哀想なうえに、良秀と言われて馬鹿にされている。ある日、その猿の良秀が若殿さまに追いかけまわされ、娘の足元に助けを求めるかのようにすがってきたのです。どうにもこの猿が気の毒ですし、父親がいじめられているようにも思えますので、堪忍してやってほしいと申し出るわけです。若殿は、まあ父を思うのならば仕方ないと許すのですが、そこから猿と娘の仲は急激に深まっていきます。

まあ、猿はひっついて離れない。娘が風邪をひいたならば、その枕元に座り込み、心細そうな顔をして娘を覗き込むのです。そうなると、どんどん屋敷の中でその猿をいじめる者はいなくなっていくのです。またその娘の孝行っぷりに大殿様も感心し、彼女を出世させたのです。

それはとてもいいことでしたが、一方猿でない方の良秀は相変わらず嫌われておりました。とにかく、絵を描くことにおいては世間の常識やしきたりなど関係なく、巫女の大事な御神託の折には、こんな顔はもう二度と見れんと描写しますし、死体の絵が必要ならば、死体の前へ行ってそれをつぶさに観察して書きますし、神さまの顔を描くためにイメージに似た顔であれば犯罪者の顔を写してくる。なんと罰当たりかと言われても、俺が描いた神仏が俺に罰など当てるものかと、我こそ神という感じなのでした。

また、彼の絵には気味の悪い評判ばかりが立つのです。他の絵師の絵を見れば、笛の音が聞こえただの何だの言われる一方、彼の絵からは死の臭気がするだの、写されれば魂が抜けるだのといった感じでした。それをまた良秀自身は気に入っておりました。こんな絵は俺にしか描けんと大殿様にも言うのでした。

ところがそんな良秀にも情愛深いところがありました。それは一人娘についてです。もうたまらなく大好きで、先の子ザルの一件で出世する際にも娘の仕事が増えるから、出世なんかさせるなと反対したほどです。また、大殿に頼まれた絵を送った際、その出来に褒美を取らせると言われて、良秀は娘をお下げくださいと申し出ています。そんなことが何度かあったもので、ついに大殿さまもちょっと良秀に冷ややかになっていくのです。

ですが、ここで良秀に地獄変の屏風を描いてくれと大殿から依頼が届くのです。さて、良秀も仕事に取り掛かると一心不乱に取り掛かります。絵を描き出すと娘にも会わず、没頭して絵を描いていくわけです。

この男、とにかくリアリティのために、目にしたものしか描くのです。そのため、地獄で鎖に縛られる男の構図があれば、弟子を実際に縛りあげて観察する。弟子を鳥に襲わせる、半殺しにする。なんでもします。地獄の絵を描くために、地獄へと落とし、落ちるのです。

ついに地獄へ見初められたのか、夢に馬頭と牛頭が出て来るようにさえなります。夢の中で地獄へ来い、奈落へ行くぞと、地獄の鬼と会話をしているのです。そうして、地獄変は描かれていきます。恐るべきリアリティを持って。

しかし、一つ描けないものがどうしてもあるのでした。それは、女が乗った枇榔毛の車が空から燃えながら落ちてくる図でした。良秀はついに大殿様に頼み込むのです。その絵を描きたいので、どうか牛車を私の前で焼いてくれないかと。

大殿は大喜びして、焼いてやろうと言います。さすが天下一の絵師だ、そのような構図を思いつくとは素晴らしい。よし焼いてやると。

それから二三日して、洛外の山荘で枇榔毛の車が焼かれることとなりました。そこには一人の女が乗っていました。確かにその女は車とともに生きながらにして焼かれていました。その女は、良秀の娘なのでした。

良秀は駆け寄りましたが、茫然と立ち尽くしていました。そこへ一つの塊が火の柱へ飛び込みました。それは猿の良秀でした。猿もともに娘と焼かれるのです。火の粉が舞い、あっという間に猿の姿は見えなくなりました。火柱はますます高く強くなります。

すると、それまで抜け殻のようであった良秀は、恍惚とした表情でその火柱を眺め始めたのでした。

一月後、ついに地獄変は完成しました。その出来栄えたるや、恐ろしいほどのものでした。まさしく地獄を写し出しているほどの迫力なのでした。

そして、それから家にも戻った良秀はすぐに自殺してしまうのでした。

地獄変の解説、感想

そもそも地獄変とは、地獄変相の略だそうで、亡者が地獄で様々の苦しみを受ける光景を描いた図、のことだそうです。

物語を紐解きますと、大殿さまに仕える男が話者であるため、おおむね大殿様をかばうような調子なのですが、どうも大殿様が良秀の娘を狙っていたようですね。(というわけではないと何度も綴られるのですが、それがよけい怪しいので、まあそういうことなんだろうと)

ところが娘はまったく自分の思い通りにならない。お猿を出しに取り立てても、靡かない。なにより、親父がうるさい。ならば親父を喜ばせればよいかと、いろいろ褒美を取らせようとしても、むしろ自分と娘の距離を取ろうとしてくる。

で、地獄変を描くのに没頭している間に、娘を取ろうとしたが、拒否される。(作中「誰か」に襲われますが、この「誰か」はまあ、大殿でしょう)

これを何とか懲らしめようとしたところ、女が焼かれる車を用意してくれと良秀自身が申し出るわけです。これはこの唯一思い通りにならぬ親子を懲らしめる良いチャンス、と大殿は思ったわけです。

しかしながら、良秀は止めるどころか、恍惚とした表情で娘が焼かれる姿を見ている……。

と、芸術至上主義に落ちていく良秀の破滅っぷりを描いているわけです。途中で彼は絵師とお猿に分離してしまったかのようです。

良秀の墓は絶えても、地獄変という絵が残っていることの不気味さに、芥川の芸術至上主義を垣間見ることができるでしょう。

また、逆を見れば、お猿の存在が芸術至上主義になりきれない人の弱さ、みたいなものが反映されているとも言えるでしょう。







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  1. […] 芥川龍之介と言えば、『鼻』、『地獄変』、『杜子春』、『芋粥』、『羅生門』、『蜘蛛の糸』などなど王朝物を初期に書いており、要するに元ネタがあった作家なのですが、そこから脱却した最初の作品が『秋』です。後年、生活と離れた芸術至上主義、また神経衰弱に悩まされていきますので、近代的ないわゆる小説っぽい小説を書いたのはホント一瞬の期間なのですが、その時に書かれたのが、この『秋』です。 […]

  2. […] ただ、『地獄変』だけはそういうところから更に、物語的な完成度から文学的価値まで昇華させた作品のように思いますが。芥川自身が見通せなかった何かとんでもない何者かというところまで届いたような、そんな感じの印象です。 […]

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