梶井基次郎について

梶井基次郎、10の名言を抜粋

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梶井基次郎は結核と共に生きた夭折の天才です。大正期、昭和初期に作品を遺した作家で、病弱な体のおかげもあってというと、その研ぎ澄まされた精神はますます尖り、その感性は美しい名文を紡ぎ出してきました。

わずか31年の人生で、わずか20ほどの短編小説を遺した梶井基次郎。その著作の中から10の名言を抜き出してみました。どれも透き通るような精神が導き出した発見たる真実が描かれたものばかりですので、ぜひご一読くださいませ。

梶井基次郎の名言10選

どうして引き返そうとはしなかったのか。魅せられたように滑って来た自分が恐ろしかった。――破滅というものの一つの姿を見たような気がした。

梶井基次郎『路上』より

ぬかるみの坂道を降りていく時、危ないとわかっていながら降りるその心情を精緻に見つめたときに見つけた、破滅に向かう人間の心理が凝縮されています。たしかに人間が失敗するときって、これダメだなとわかってて行っちゃいますよね。

桜の樹の下には屍体が埋まっている!

梶井基次郎『桜の樹の下には』より

小説『桜の樹の下には』の、あまりに衝撃的な書き出し。残酷さと美しさが表裏一体のところにあるところをとらえた名文。桜の季節になったらば、闇夜の中で幽玄にあふれんばかりに咲き乱れ、はらはらと花びらをこぼす様を見てみましょう。あの恐ろしいほどの美しさは、確かにあれは下に死体が埋まっていてもおかしくないと思えるでしょう。

病気というものは決して学校の行軍のように弱いそれに堪えることの出来ない人間をその行軍から除外してくれるものではなく、最後の死のゴールへ行くまではどんな豪傑でも弱虫でもみんな同列にならばして嫌応なしに引きずってゆく――ということであった。

梶井基次郎『のんきな患者』より

結核を患っていた梶井基次郎が病気を評したとも思える一節。『のんきな患者』の末尾の一文であり、本作『のんきな患者』が梶井基次郎が最期に遺した作品でもあるため、創作上はこの一文が遺言とも言える。

老いも若きも、金持ちも貧乏人も、みな平等に死へとさらっていく結核の恐ろしさが端的に現れている一文。

K君は病と共に精神が鋭く尖り、その夜は影が本当に「見える者」になったのだと思われます。

梶井基次郎『Kの昇天』より

K君は満月の光に照らされた影にドッペルゲンガーを見て、溺死、昇天していまうのですが、梶井基次郎の文章、精神の美しさというものの神髄がここに現れていると思います。病と共に精神が尖り、様々な美を梶井基次郎は発見したのです。

結局は私を生かさないであろう太陽。しかもうっとりとした生の幻影で私を瞞そうとする太陽。

梶井基次郎『冬の蠅』より

エネルギーに満ち満ちた陽の光。不治の病たる結核を患っていた梶井基次郎にとってみれば、それは生の幻影を見せる、偽りの光であったのです。

今、空は悲しいまでに晴れていた。

梶井基次郎『城のある町にて』より

妹の死のショックから、姉が住む松坂でしばらく過ごした主人公が、城のある町からの空を見たときの一節。空というのは確かに、悲しいことがあるときこそ、意外とものすごく晴れていて、ものすごく美しく見えるものですね。

――つまりはこの重さなんだな。――

梶井基次郎『檸檬』より

病と共に青春の陰鬱な気分を吹き飛ばしてくれるレモン。そう、その美しさの神髄とは、つまりはこの重さなのです。桜の樹の下に死体が埋まっているのと同じくらい、常人にはなぜだかわからないが確かにそうかもしれないと思わせてくれる梶井基次郎ならではの名文です。

爪のない猫! こんな。便りない、哀れな心持のものがあろうか! 空想を失ってしまった詩人、早発性痴呆に陥った天才にも似ている!

梶井基次郎『愛撫』より

梶井基次郎が猫を評して書いた一文。爪とは猫の活力であり、知恵であり、精霊であるらしい。これもまた、確かにそうかもしれないと思える名文。

「課せられているのは永遠の退屈だ。生の幻影は絶望と重なっている」

梶井基次郎『筧の話』より

梶井基次郎の思想の出発点を示したかのような一節。表裏一体である生と絶望が溶け合うそこから梶井基次郎の美意識のようなものは常に発見されています。

私にもなにか私を生かしそしていつか私を殺してしまう気まぐれな条件があるような気がしたからであった。

梶井基次郎『冬の蠅』より

部屋をしばらく留守にしている間、部屋にいた冬の蠅が全部死んでしまい、自分のふとした行動が生死を分けている、と同様に、自分もまたそのような何者かに気まぐれに生かされているのではないかという発見の一文。

おわりに

梶井基次郎という人は、結核による病からの絶望感、青春のけだるさ、憂鬱さをベースに様々な美しさを発見してきた作家なのです。もちろんこれらの文章だけでなく、小説を構成する一文一文自体が研ぎ澄まされた精神で書かれた短編小説ばかりなので、作品自体もぜひご一読くださいませ。







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