宮沢賢治

『風の又三郎』のあらすじをご紹介

投稿日:2016年8月9日 更新日:

『風の又三郎』は、かの宮沢賢治が書かれた小説です。生前未発表の小説で、宮沢賢治の死後に『風の又三郎』は発表されました。名前はなんか聞いたことあるけど、読んだことなかったわ、という方はとても多いのではないでしょうか。

というわけで、あらすじをご紹介します。

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風の又三郎 あらすじ

舞台は田舎の小学校。そこは教室がただひとつ、三年生以外は一年生から六年生までそろっている、小さな田舎の学校でした。9月1日の朝、そんな小学校に高田三郎という転校生がやってきます。

皆はその子を風の又三郎だと思います。というのも、

変てこなねずみいろのだぶだぶの上着を着て、白い半ずぼんをはいて、それに赤い革の半靴をはいていたのです。それに顔といったらまるで熟したりんごのよう、ことに目はまん丸でまっくろなのでした。

ちなみに、頭は赤毛です。これは普通の子供じゃないとみんなが思うわけです。しかしながら、彼はまあ普通の転校生でして、高田三郎という名です。三郎君は都会から出てきたようで、話し方も標準語です。他は皆岩手な方言です。彼が来ると風がどっと吹きましたため、三郎という名も相まって、風の又三郎ではないかと噂し合うわけです。

この物語は、田舎の小学生たちと風の又三郎こと高田三郎君との12日間の物語を描いたものです。読み終わって改めて考えると驚くのですが、たったの12日間なのです。転校してわずか12日で三郎君は別の町へと引っ越してしまうのですね。

彼らはいろんな出来事に巻き込まれていきます。時に、三郎がガラスのマントを着、ガラスの靴を履いて空を飛びあがったりもします(夢ですが)

そして、12日の交流を追えて、再び風が吹いたあと、高田三郎君は都会へと戻っていくのでした。もしかしたら、あの子は本当に風の又三郎ではなかったのだろうか……?というお話です。

風の又三郎 感想、解説

そもそも風の又三郎とは何なのでしょう? ひかりの素足においても、風の又三郎というのが出てきますが、風三郎という名の風の神が岩手ではまつられているそうで、そこから来ている言葉です。『風の又三郎』は、この神の到来、そして去っていくまでの物語ですね。

どっどど どどうど どどうど どどう
青いくるみも吹きとばせ
すっぱいかりんも吹きとばせ
どっどど どどうど どどうど どどう
どっどど どどうど どどうど どどう

物語は、この歌に挟まれた構成になっています。冒頭がこの歌で始まり、又三郎が去ったあと、この歌があってエピローグ、となります。この歌が何なのかというのは全く持って明言されていませんが、ちょっと立ち止まって考えてみると、くるみもかりんも熟す前に吹っ飛ばせと言ってます。子どもや力を持たないものを吹き飛ばそうとしている存在であり、まあ子供にとっての一つの脅威として風を描いているのかもしれません。

さて、三郎が本当に風の又三郎であったのかどうか、というのも本作の中では明言されていません。子供たちの想像の中で、そうではないかと思われるだけです。

実際に超常的な能力を使ったわけではありません。いくらか都会の子らしく利発な発想が、彼らを畏怖させた部分はあるかもしれません。現実と空想が入り混じったまま、物語は進んでいきます。いや、この表現も正しくないでしょう。現実と空想が子供の中で入り混じったまま、という方が正しいですね。

子どものころのあいまいな理解が作り出す、奇妙にゆがんだ現実感と言いましょうか、そういうものがそのまま映し出されているわけです。大人になるとそうでもないけれど、急に怖く感じた路地裏、妙に切なく感じる夕暮れ、何かそういう子供時分の心のもろさが描いた心象風景のようなものを感じるわけです。

いじめたり、からかったり、恐れたり。子供たちの三郎への扱いは、まさしく未知なるもの、恐れるべき存在への扱い方であり、神の子として扱っているように感じられます。

さて、ちなみに本作の前には『風野又三郎』という小説も書かれています。まあ大筋同じような物語なのですが、こちらの又三郎は、まったくもって、もろに風の子、神の子です。人間かしら?妖精かしら?というものではありません。完全に人間ではないのです。この時の冒頭の歌は、

どっどどどどうど どどうど どどう、
ああまいざくろも吹きとばせ
すっぱいざくろもふきとばせ
どっどどどどうど どどうど どどう

となっています。この時はくるみでもかりんでもなくザクロであり、しかも風はあまいのも酸っぱいのも吹っ飛ばしています。ここを、宮沢賢治は『風の又三郎』にするときに、わざわざ書き換えているのです。

あまいもすっぱいも吹き飛ばすと何もかも、という感じになりますが、これを未熟なものだけ吹き飛ばすという歌にしたところに、風の又三郎という神を描こうとしたのではなく、子供の心の中にだけ生まれる妖精めいた存在を書き描こうとしたのではないかと感じますね。

というわけで、そんな子どもの心が映し出す神の子の姿をぜひあなたもご覧になってみてくださいませ。







-宮沢賢治

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