つい先日、第155回芥川賞を受賞されました、『コンビニ人間』を読みました。2016年6月号の文学界で発表された作品です。
芥川賞というと、いわゆる芥川龍之介の名を関する純文学で、大衆文学の直木賞よりも自分には縁遠い本だわと感じられる方も多いでしょうが、もはや直木賞も芥川賞もそれほど縁遠いものでもなく、新人が獲るのが芥川賞、ベテランも獲るのが直木賞、くらいの差しかないかもしれません。
また、芥川賞は結構その時代の空気を反映している作品が多く、現代に生きる他の人たちがどういう心持ちで日々過ごしているかを知れて、結構読んでみると共感できる部分がきっとあります。
ということで、『コンビニ人間』を読んでみましたので、そのあらすじと感想などを。
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『コンビニ人間』のあらすじ
まともではない主人公”古倉恵子”が、はじめてまともな人間になれたと感じたのは、コンビニのアルバイトを始めてからでした。そこには、「コンビニのアルバイト」というアイデンティティが存在し、その周りには「店長」がいて、「先輩」がいて、「同僚」がいて、「客」がいる。
その閉鎖的ながらも完成された空間の中で「コンビニのアルバイト」というものを演じることで普通に生きることを獲得しようと、18歳からバイトを始めるわけです。
両親はこの子はどこか変なんじゃないかとカウンセラーに連れて行ったりもしていたのですが、初めて彼女が自立して働きたいと言い出したことで大喜び。どうぞ頑張って働きなさい、となるわけです。
しかし、就職活動になってもコンビニ以外で働くことはできず、大学を卒業しても同じコンビニでバイト生活。最初のうちはまあいいかと思っていた両親も日々を重ね、ついにバイト生活は18年目となります。
彼氏もなく、定職にもつかず、一人暮らしで18年同じコンビニでアルバイト。食べるものはコンビニで買ったものばかり。コミュニケーションのノウハウもすべてコンビニの店員、店長から学んだものばかり。
しかし、コンビニから出れば、普通の存在からはやはり外れてしまうのです。自分をこの世界の部品たらしめるのは、コンビニであり、その外へ出れば、自分はこの世界においては異物となります。
彼女は18年同じコンビニで務め、店長は8人目。それぞれ別の人であるわけですが、お客様にとっては、どれも「店長」。何もかもが18年の中で入れ替わってきたわけですが、コンビニというものは変わらない。不変の存在なのです。
異物にならぬよう暮らす彼女のもとにやってきたのは、新入りの白羽という男。彼もまた30を過ぎてろくに就職もせず、結婚もせず、いやできない、世界の異物たる男なのでした。
彼と出会うことで、古倉恵子の生活は大きく激変していくのです……みたいなお話です。
『コンビニ人間』の感想、書評
本作、コンビニというとても現実的な設定をモチーフにしつつも、キャラクターはちょっと現実離れした設定ではあります。主人公の古倉恵子は、
コンビニ店員として生まれる前のことは、どこかおぼろげで、鮮明には思い出せない。
のです。彼女はちょっと奇妙な子で、子供のころ、死んだ小鳥を見て、焼き鳥にして食べようと親の元に持っていったり、ケンカする同級生を誰か止めてと言えば、スコップで殴りつけて動きそのものを止めたりと、まあ、とにもかくにも普通の感性とはずれてるのです。
しかしながら、彼女はだれにも迷惑を掛けずに、まあ普通に生きたいと希求しているわけです。そこで手に入れたのが、コンビニ店員という姿でした。その姿を演じ切ることで、彼女は普通の暮らしを獲得していくわけですね。
ここに、現代に生きる人は何かしら共感するものがあるかもしれません。私は結構共感しましたね。仕事していないときの自分は本当にグズなので、あえて歯車になっていくことでどうにかアイデンティティを保てているように思いますし。
まあしかし世の人の普通というのは恐ろしい。結婚しなきゃいけない、働かなきゃいけない、子供を持たなきゃいけない。いろんな生き方があるとはいえ、あくまでも普通の中の話。仕事をしてキャリアウーマンで、ひとりで生きていくのは普通。子供を持たない夫婦も普通。結婚せずに恋愛するのも普通。
しかし、結婚せず、正社員にもならず、子供もなく、36歳になり、それでも結婚しなきゃとも思わないことを、世間はいろんな生き方の範疇には入れてくれません。
その辺の現代社会の普通、また許容される多様な生き方の狭さというものに改めて息苦しさを感じさせてくれる一作です。
また、何より終盤へ進むにつれ、「コンビニ」という存在がどんどん純化されていき、高みにあげられ、神聖なる工場のような静謐さ、神々しさをまとっていく流れは、なかなかグッとくるものがあります。昔々、辻仁成さんがそれこそ芥川賞を獲った『海峡の光』で描かれた刑務所をなんだか思い出したのでした。
というわけで、『コンビニ人間』、ぜひ読んでみてはいかがでしょうか。