村上春樹

レモンドロップ中毒、飛べない鳥と涸れた井戸

投稿日:2016年2月29日 更新日:

ねじまき鳥クロニクル 第1部 泥棒かささぎ編

レモンドロップ中毒、飛べない鳥と涸れた井戸

本章は、やはり今の時間軸で話が進んで行く。村上春樹は、過去と現在を踏み固めながら、岡田亨という個人をバラバラにし、再構築し続けている。

まさか見つかる水色のネクタイ

当分は絶対見つからないだろうと思いながら読んでいた”水色のネクタイ”があっさり見つかって、衝撃を受けた。しかし、クミコの反応はわりと冷やかなものであった。取り戻したが、彼女にとって肝心なのは、ワタヤ・ノボルの方らしい……。

どうしてネクタイは見つかったのだろう。岡田亨がひとつずつ失い続けていくことがこの小説にとって肝要であるはずだ。これは、加納マルタの暗示を確かにするためなのか……。うーむ。

岡田亨は、ふたたび鳴くねじまき鳥になる

本章で、ふたたびねじまき鳥が鳴き始める。”流れ”が変わる前兆だ。そして、その後の流れに身を任せ始めた亨。自身を誘う空き地の家へと歩を進めていく。

しかし、このねじまき鳥は、空き地に存在する”飛べない鳥”でもある。まだ世界を再構築するには至っていない。今は、失い、バラバラになり、世界をふたたび構築していくためのパーツがまだ彼の周りに集まって来ているに過ぎないフェーズだ。

この章ではふたたび庭の娘、笠原メイと出会うのだが、ここで亨はねじまき鳥の名を自らつけることになる。世界の一日分のねじを巻く存在であり、世界を再構築する象徴だ。岡田亨とねじまき鳥が一致する。失った猫”ワタヤ・ノボル”と義理の兄綿谷昇が一致するかのように。

現代神話たる『ねじまき鳥クロニクル』

世界を構築していく存在と、世界を壊していく存在との対比がここで明確化される。

やはり、本作は妻という存在と自身とのディタッチメントとコミットメントを描きながら、自らという存在をもう一度再度構築していく物語なのだ。現代の神話と言って差し支えないだろう。自身という存在は何者なのかを岡田亨は明らかにして行く。

過去の影たる笠原メイ

笠原メイは十五、六歳の少女なのだが、たばこを吸っている。一方の岡田亨は煙草を止めて、今はレモンドロップ中毒となっている。笠原メイはおそらくこの後、岡田亨の過去の象徴として機能していくのではないだろうかと思う。

本田さんが予言した深い井戸

空き地の家に、水の涸れた深い井戸がついに現れる。今は、下へ行くべきときなのだ。岡田亨は、この先、水の涸れた深い井戸へと下り、”我を捨てる”ことで我を見い出していくことになるのだ。

好奇心というものはほとんどの場合すぐに消えてしまうんだ。勇気の方がずっと長い道のりを進まなくちゃならない。好奇心というのは信用のできない調子のいい友達と同じだよ。君のことを焚きつけるだけ焚きつけて、適当なところですっと消えてしまうことだってある。そうなると、そのあと君はひとりで自分の勇気をかき集めてなんとかやっていかなくちゃならない。

『ねじまき鳥クロニクル』における大好きな一節。この小説は、勇気の物語でもある。

なぜ1984年なのか

極左のテロリストの記述が一瞬出てくるが、これは”中核派”のことだろうか。中核派は、1983年に東鉄工業作業員宿舎放火殺人事件を起こしている。1984年を舞台に置いた理由のひとつなのだろうか……。

 







-村上春樹

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