村上春樹

満月と日蝕、納屋の中で死んでいく馬たちについて

投稿日:2016年2月28日 更新日:

ねじまき鳥クロニクル 第1部 泥棒かささぎ編

火曜日のねじまき鳥、六本の指と四つの乳房について』の続き。この章は、”僕”とクミコに関する話で登場人物も少なく比較的シンプル。

他者を理解することの難しさ

ひとりの人間が、他のひとりの人間について十全に理解するというのは果して可能なことなのだろうか。

“僕”は、ある日青いティッシュペーパーと花柄のトイレットペーパーを買った。それをクミコに強く咎められる。クミコはそれが嫌いだったのだ。だが、”僕”はそれを知らなかった。クミコは、どうして嫌いなのか。

あなただって電話機のカバーやら、花柄の魔法瓶やら、鋲のついたベルボトムのジーンズは嫌いでしょう。私がマニキュアをするのを嫌がるじゃない。そんな理由をひとつひとつ説明はできないでしょう。それはただの好き嫌いなのよ。

しかしながら、”僕にはそれらの理由を全部説明することはできた。”という。そして、クミコには”僕”が嫌いなものがわかっている。”僕”にはクミコが嫌いなものがわからない。

あなたは自分のことだけを考えて生きていたのよ、きっと。

“僕”は、それに対してそんなことは些細なことで、人間の本質とは関係ないと考えている。が、クミコにとってはそうではないらしい……。

この”決して人と人はわかり合えない”というのは、村上春樹の大きなテーマである。ずっとこれを書き続けてきたし、ねじまき鳥クロニクルももちろんこのテーマを扱っている。

月は苦しみ、死の象徴か

カレンダーを目にやった時、月の満ち欠けの印が目に入り、”僕”は今が満月の時期であることから彼女が生理が近かったことを思い出す。(全くどうでもいいことだろうが、1984年の4月は16日が満月で、会社を辞めて一週間ほどという話だったから、この話は1984年の4月10日前後あたりのもののようだ)だから、イライラしているのだと。

また、月が満月に近づくと、繊細な生き物として馬が取り上げられるのだが、馬が死ぬ数が増えるのだという。さらには、日蝕の時にはもっとひどいという。今、世界中の馬が苦しんでいることを思えば、クミコが”僕”にあたることなどどうってことはないと言う。

この、他と比べる辺りがちょっと悲しい。他者から見ればどうでもいいようなこと、他者と比べればどうということもないことであろうと、その人にとってはその苦しみは重たいのだ。個々人の苦しみは、決して相対化してしまうべきではない……。

さらに余談だが、本当に満月になると馬が死ぬのか調べたが、実際はそうでもないらしい。満月になると産気づくとかいうのも、統計学的にそうでもないそうな。満月になると死ぬというのは、あまり聞いたことがないが、中国の古い古い伝統的な占いの祖である易経に『月幾望。馬匹亡。无咎。』という一節がある。『つきぼうにちかし。うまのひつうしなう。とがなし。』、要は『満月が近づき、連れ合いを失う、罪はない』ということだ。ここからきているのかもしれない。連れ合いを失う、罪はない、というのはどうも『ねじまき鳥クロニクル』とリンクしていそうで驚いた。

ともあれ、月という表現は今後も出てきたはずだし、そのたびクミコが苦しんでいるのでは、というのは押さえておきたい。

すべてを深刻にとらえる人、捉えない人。

クミコは言う。

あなたの中には深い井戸みたいなのが開いているんじゃないかしら。そしてそこに向かって『王様の耳はロバの耳!』って叫ぶと、いろんなことが上手く解消しちゃうんじゃないのかしら。

確か同じような表現が『ノルウェイの森』にも出てきたような気がする。あらゆる物事を上手く処理して咀嚼できる人と、できない人がこの世界にはいて、”僕”が前者でクミコが後者なのだ。

また、”深い井戸”というのは本作にとって非常に重要な存在である。ここでクミコが”僕”を評して、あなたの中に深い井戸があるという言葉は後々影響を与えてくるはずだ。

クミコは流産している?

生理の話の中で、チラと月の周期が数カ月間欠いたことがあったという。そのあいだ彼女は妊娠していたのだ、とあるが子どもはいないし数カ月ということは彼女は流産していたのだろう。この経験から、何かクミコと”僕”との間の埋めがたい溝のようなものが生まれた、のかもしれない。

すべてを理解しきれないこと、それこそが致命的な問題

冒頭書いたように、”決して人と人はわかり合えない”というのがテーマであり、本作もそれを主軸に置いている。『満月と日蝕、納屋の中で死んでいく馬たちについて』は、テーマとしてしっかり据えようとする決意的な章と考えていいだろう。

だから、前章の電話の女が、”僕”のすべてを知り得ていたことは、このテーマに深く深く関わっている。







-村上春樹

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