純文学

『貧しき人びと』のあらすじ、感想などなど。

投稿日:2019年11月4日 更新日:

ドストエフスキー 貧しき人びと

『貧しき人びと』は世界最高峰と名高い文豪ドストエフスキー、本名はフョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキーという長ったらしい名前なのですが、ともかくあのドストエフスキーの処女作で、1984年に書かれた作品です。『貧しい人びと』とか『貧しき人々』とか翻訳の差はありますが、ロシア語だと『Бедные люди』、英語だと『Poor people』ですね。私が持っているのは新潮文庫の木村浩氏による翻訳のもので、『貧しき人びと』となっております。

ロシア近代文学というのはゴーゴリの『外套』からいずれも出てきたと評されておりますが、本作『貧しき人びと』も貧富と役人の悲しさをテーマに据えたいかにも写実的なヒューマニズムが描かれており、その『外套』の影響をありありと受けております。

また、全編往復書簡で紡がれる『貧しき人びと』の影響を受けて書かれたのが、時代も国も言語も変わってますが、宮本輝さんの『錦繍』だったりします。

『貧しき人びと』のあらすじ

この『貧しき人びと』は上述のとおり、すべて往復書簡で構成されており、それは誰と誰の書簡かというと、マカール・ジェーヴシキンという下級官吏の役人とワルワーラ・ドブロショーロワ(通称?ワーレンカ)という田舎の娘さんとの書簡です。庭を駆け抜ける彼女が窓から見える、などと書いてますから、割と近所に住んでいるようですね。

二人とも召使いの女中さんがいるみたいで、そこまで貧しくはないようにも思えますが、その辺りは時代背景が異なるので、かなり貧しかったと。特にマカールさんは集合住宅というか寮みたいなところの台所に部屋を一個無理やりつくったみたいなところに住んでおり、本人も書いてますが、台所に住んでるわけですね。台所って。

割と年が離れていて、マカールの方はおそらく老人に近いレベルの初老で、ワーレンカの方は二十歳そこそこくらいですかね。ラブレターの送り合いではあるのですが、単なる恋文ではなく、親が子を想うとかそういういろんな種類の愛が込められた手紙です。ちなみに、途中でポクロフスキーというおそらくはワーレンカが唯一愛したと思われる貧しい学生さんの死別に関する話を彼女は書き連ねており、ワーレンカがマカールに対する愛とはまたそれと違うものだったように見受けられます。いや、ポクロフスキーに対するものも単なる恋愛感情ではなかったかもしれませんが……。

とにかく、恋のような愛のような、マカールさんはよほどワーレンカを大切に思っており、もはや彼女こそが生きる希望であり、手紙と一緒にお金を送ってあげたり(時に下着を送ってあげたり)して、彼女の幸せを一心に願っています。

ワーレンカの方は、自分のことなど気遣うことなく、あなたの幸せを願っていますよ、決してご無理なさらないで……といった調子で小さな、幸せな、つつましやかな手紙が二人の間を行き来します。

ワーレンカは父親の事業の失敗やらが続き、しかも体が弱くてまともに仕事もできず、まさしく貧しき人であった彼女は何とか少しでも働き口を見つけようと頑張るのですが、そうすればするほど、マカールの方は世の中なんかに出てはいかんと言わんばかりに贈り物を続けます。

そうしている間に、どうもマカールの方こそが貧しき人であることが明らかになっていきます。給料は前借しまくり、住むところはとんでもなく粗末で、外套も靴も穴が空いて全くみすぼらしく、誰からも馬鹿にされている愚かな役人だったのです。それでも彼は彼女に貢物を続けていたのですね。もう、日々他人にお金を借りようと必死なわけです。あいつなら貸してくれるんじゃないか、あいつはもう貸してくれないんじゃないか、そういうことを考えてる男なんですね。

ワーレンカの方は彼を気の毒がり、何とかしてあげようとするのですが、マカールは相手のことを上手く聞き入れようとはしないのです。とは言え、彼女は彼女の方で、遠い親戚にあたるアンナ・フョードロヴナからひどい仕打ちを受けた生活をしており、これまたキツい日々を受けています。

そんな彼に、突如奇跡が舞い降ります。それはもともととんでもないピンチだったのですが、役所の仕事でとんでもないへまをしてしまいます。それで役所の偉い人に呼び出され、叱責を受けるわけですが、その前でコートのボタンがポロリと落ちてしまいます。しかも叱責されているさなかにそのボタンを追っておろおろと歩き出す始末。

何だあれは、君は何をやっとるんだと怒られるわけですが、役所の偉い人、閣下はそんな彼にお金を差し出すのです。これでまあ何とかしなさいと。それでマカールの生活は劇的に良くなります。ワーレンカにお金を送ることだってまたできるようになるわけですね。これでもう安心だと。借金は全部返せるし、服だって買える。

しかし、彼女の方は舞い込んだ大金持ちブイコフとの見合い話が出てきて、この貧しさの不幸から脱出するためにはこの見合い話を受ける他ないと、マカールの愛情に答えることはなく、結局は彼女は幸福を求めてブイコフの元に嫁ぎ、二人はついに会うことはなくなってしまうのでした。

『貧しき人びと』の感想

マカールとワーレンカはそれぞれ恐ろしく孤独な存在であり、貧しさにあらがおうとしても上手くあらがうこともできず、貧しさをひどく憎んではいたものの、その実、貧しさこそが二人をつないでいましたのですね。『貧しき人々』が、金を手にすることでそれぞれの生活は満たされたのですが、貧しさ故に二人の心が結びついていたという点はとても切ないですね。

貧しさから生まれる他者への憐み、慈しみが描かれつつも、作中出てくるエピソードはお金を持ったからとて幸せになれるわけではないというものが多く盛り込まれています。特に、子だくさんのゴルシコーフのエピソードでは、彼は横領の嫌疑に掛けられており、それがようやく長い時間を掛けて無実であることが証明され、無罪放免となった直後に病気で亡くなってしまうなど、貧しき人びとに襲い掛かる運命はあまりに残酷だったりして、財を得ることが幸せなのか、それとも貧しい方が幸福であったのか。そんなことを突きつけてくる名作です。

書簡体ですから、今でも割と読みやすいのではないでしょうか。『カラマーゾフの兄弟』とか『罪と罰』は余りに長いですしね……。『貧しき人びと』は最初に読むのにいいのではないかと。

しかし、中年男からのこの田舎から出てきた娘さんに対する熱っぽさは今読むとなかなか病的なものを感じさせますね……。犯罪者一歩手前という感じで……。当時はこういうのが一般的だったんでしょうか……。しかし、自分の境遇を手紙の上とは言え、さらけ出していくにはそれなりの年齢のおじさんでなければできなかったでしょうし、受け止めていたはずのマカールの方が実はよほど日々の生活にさえ苦しんでいて、立場というかが逆転していく様は余計に切なくなります。

手紙の中のつかの間の幸福に逃げ込んでいこうとするマカールと、手紙の外で起こる事象と向き合い続けていくワーレンカ。この辺に男と女の機微の差なんかも見られるかもしれません。

文豪ドフトエフスキーの精神は、今なお私たちの心に響くものがあるでしょう。是非ご一読ください。







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  1. […] 舞台は蔵王。別れた夫婦の十四通の手紙のやり取りで構成されています。この、往復書簡という構成は、ドストエフスキーの『貧しき人々』に影響を受けて書かれました。 […]

  2. […] 時期的に、この作品の後に書かれたドストエフスキーの『貧しき人びと』なんかも色濃くその影響を受けており、ドストエフスキー自身、ロシアの文学は皆ゴーゴリの外套から転がり出てきたと言ったとかどうとか。(実際は言ってないみたいですが職業が書記係だったり、『外套』の主人公もまさしく「貧しき人びと」であったりと、共通点は多数見られますので影響は間違いなく受けているかと思われます) […]

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