芥川龍之介について

『葱』のあらすじ、感想。

投稿日:2019年11月30日 更新日:

芥川龍之介に『葱』という小説があります。文豪にもなると、テーマ『葱』で小説が書けるもんなんですね。うらやましい感性です。1919年に書かれた作品で、なかなか爽やかで、ささやかなりしエールの込められた素敵な一作です。

ものすごく簡潔に言うと、女の子が葱買うだけの話なんですが、とても素敵です。

芥川龍之介『葱』のあらすじ

舞台は神田神保町。年齢は15、6歳のお君さんという少女が主人公です。彼女は神田のカフェで女給仕、つまりウエイトレスさんをしてます。

彼女は大層美人で、まるで竹久夢二の絵から抜け出てきたような美少女。お客も彼女目当てでやってくるような有様でした。店にはもう一人お松さんという子もいて、この子はお君さんより年上で、器量もそこまで良くはないと。チップの額も違っていて、女同士のちょっとしたライバル意識なんかもあるようであんまり口も利かないのでした。

お君さんの方は、お松さんに対し、あの人は趣味が悪いからなあ、なんてことを思っています。浪花節を聞き、餡蜜を食べ、男を追っかけている。そんなんだからダメなのよとちょっと軽蔑してるわけです。

ならばお君さんの趣味は何なのかというと、芸術大好きときています。カフェからちょっと入った美容院の二階に彼女は住んでいるのですが、そこには島崎藤村の詩集やら『カルメン』やらが置いてある。花も挿して飾ってあったりする。日本画の切り抜きなんかが貼ってある。けど、ベートーベンの写真も貼ってるつもりだけど、実はアメリカウィルソン大統領の写真だったり。そういう、何というか芸術に恋する女の子なのでした。

ある日、階下の美容院に桃色のレターペーパーがひらひら落ちてきます。そこのおかみさんの浪子夫人はきっとあの子に宛てたラブレターの類かしらと拾ってみると、浪子夫人を気遣うような内容で、何というかまあ、めっちゃ良い子なのです。

しかし、この物語の作者曰く、これは目を曇らせてる節があると。日々のお金にあくせくする生活を彼女も送っているわけです。彼女は「人間苦の黄昏のおぼろめく中に、人間愛の燈火をつつましやかに灯して」おるのです。

そんなお君さんは一人の青年に恋心を寄せておりました。名は田中君。詩人で役者で画家でもあって、ヴァイオリンも弾けちゃう芸術青年です。芸術家だけあって、女をナンパしまくり、金もそこら中から借りてるダメ人間でもあります。

そんな田中君に明日デートに行きましょうとお君さんは誘われておりました。サーカスを見に行こうと。これは彼女にとって生まれて初めてのデートのお誘いでめちゃくちゃときめいていたのです。

しかしまあ、ちょっと不安もあって、軽薄な田中君への不信感は彼女にも多少ありました。しかし、そこは彼女の芸術を愛する心が曇らせてしまっているのです。かわいそうなお君さん。

さて、デート当日になりました。お君さんはおしゃれして待ち合わせ場所の小川町の停留所まで彼に会いに行きます。彼は言います。実はサーカスは昨日でおしまいだったんだ。だから、かわりに俺のうちで飯でも食おうと。やらしいこと考えてそうですね!

お君さんの方は、はいと、田中君と連れ立って歩きます。好きな人との初めてのデート。なんだか世界がキラキラして見えます。夢のようです。

そんな道中、一軒の八百屋がありました。大根、人参、小松菜、牛蒡、葱やらがガス燈の灯りの下、積み上がっておりました。そこでお君さんは見つけてしまうのです。葱、1束4銭の値札を。途端に日々の生活費が彼女の頭の中をぐるぐる回り始めます。これは…安い…!!

そうして彼女は青物屋に足を踏み入れ買うのです、葱2束を。

哀れな田中君の方はそれを見てなんだが妙に冷めてきます。美しき美少女の姿に、所帯じみたみみっちい生活の影が浮かんできたのです。

彼女は葱2束を持って店から出て来て、涼しげな美しい瞳に嬉しさを称えて田中君を見つめるのでした。

芥川龍之介『葱』の感想

なかなか爽快なお話だと感じたのは、僕が田中君みたいな女たらしが嫌いだからでしょうか、それとも自分がモテないひがみでしょうか。何にせよ、特売の葱を前に喜ぶ少女の方が僕は好感が持てますね!100年前の小説ですが、今の時代に合った小説だと思います。橋本愛とかで映像化してほしい。

なお、本作は芥川龍之介がやっべ、締め切り迫ってるから一気に小説書かなきゃ、から本作は始まり、なんとか書き上げたぜ、みたいなプロローグとエピローグが入っています。

最後の一文、

左様なら。お君さん。では今夜もあの晩のように、ここからいそいそ出て行って、勇ましく批評家に退治されて来給え。

という一文がなんだが不穏ですね。彼女の芸術を愛する気持ちは本物かもしれませんが、デートの途中で葱を買うような子は批評家たちに相手にされないよ、ということですかね。

これをなんと読み解くかですが、

おれはこの挿話を書きながら、お君さんのサンティマンタリスムに
微笑を禁じ得ないのは事実である。が、おれの微笑の中には、寸毫も悪意は含まれていない。

と、彼女に作者は悪意は持ってない、この子の味方の視点であると読めます。

ですから、芥川龍之介らしい、ちょっとひねくれた感じですが、「芸術を知らない者は痛い目に遭え」というよりも葱を買う彼女のたくましさ、勇敢さ、勇ましさに、つまらない批評家どもなんか、驚かせちまえというようなエールを送っている気がします。

ちなみに1919年というのは、芥川龍之介が塚本文さんと結婚した年で、何とか日々を生活する者に暖かい眼差しを向けていた時期かもしれませんね。

読後感としてはちょっと『蜜柑』のような一作で、さわやかな作品です。ぜひご一読ください。







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