村上春樹

岡田久美子はどのようにして生まれ、綿谷ノボルはどのようにして生まれたか

投稿日:2016年3月1日 更新日:

ねじまき鳥クロニクル 第1部 泥棒かささぎ編

岡田久美子はどのようにして生まれ、綿谷ノボルはどのようにして生まれたか

やはり今度の章は過去の話。岡田亨には、兄も姉も弟も妹もおらず、兄妹関係というものを上手く想像することができないという。気も合わないであろう奇妙なふたりの兄妹という関係について、本章で岡田亨が述べていく。

岡田久美子はどのようにして生まれたか

クミコは小さい時に祖母の家に一時的に引き取られている。祖母と母の諍いを鎮めるための言わば人質として彼女は田舎の祖母のもとへと追いやられたという。

祖母の元からふたたび東京の両親の元へ戻ることが決まった時、祖母はひどく興奮し、気を昂ぶらせた。泣き、激怒し、黙り込んだりした。クミコを思い切り抱きしめたかと思うと、次の瞬間物差しで強く彼女の腕を打った。

クミコはその状況に対し、心を一時的に閉ざしてしまうことになる。数か月の記憶を持たないまま、気がつくと彼女は両親の家にいた。

クミコには、姉がいた

しかし、その地は安息の地ではなかった。新たな家族ではなく、新たな環境に過ぎなかった。そこで彼女を救ったのは、五歳年上の姉だった。姉はあらゆる点で久美子に勝っていた。しかし、彼女は食中毒で小学六年生でなくなってしまう。

家族の中で失われる久美子という存在

その家で、久美子は姉の代わりとなった。久美子という存在は、どこにもない。

私の言うことなんか誰も聞いてはくれないのよ。

クミコにとっての猫

そんな久美子が求めたのは、猫だった。彼女は小さい頃から猫が飼いたかったのだ。本当に欲しいと思ったものを手に入れたことなど彼女には一度たりともなかったという。

そんな風にして飼われた猫はさぞかしかわいがられたであろう。しかし、その猫につけられた名は、ワタヤ・ノボル……。(ただ、久美子自身は猫のことを一度もワタヤノボルと呼んでいない。猫と呼んでいる。それもどうかと思うけど)

綿谷ノボルはどのようにして生まれたか

綿谷ノボルは、久美子の九つ年上の兄である。彼は、もはや人間ではない。現実離れした存在で非常にシンボリックな描かれ方をしている。彼は、世の中を扇動する力である。政治や社会構造や権力、そういった存在である。もちろん、そうしたものには光の部分があるのだが、そこから影だけが抽出されている。路地をふさぎ、流れを変えた存在である、高度経済成長期の影部分かもしれない。

クミコと綿谷ノボルの違いと共通点

久美子も綿谷ノボルも自己を確立できなかった存在である。久美子は無であり、綿谷ノボルの自己とは他の評価からつくりあげられている。その一方で、主人公の岡田亨は実にタフな自己を確立している。

僕には、僕自身の存在と他人の存在とを、まったく別の領域に属するものとして区別しておける能力がある。

 

ところが、彼らはときどき電話でやり取りをする。何の話をしているかはわからないらしい。(妙に電話という通信手段にこだわりを感じるが……時代がら、電話なのかな)

 







-村上春樹

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