宮沢賢治

『オツベルと象』のあらすじや主題など。

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『オツベルと象』は宮沢賢治が1926年(大正15年)に雑誌「月曜」誌上に発表した短編童話です。宮沢賢治という人は死後に作品の多くが見いだされ評価された方ですが、本作『オツベルと象』は数少ない生前に発表された作品なのですね。教科書によく取り上げられたり、国語の問題で見た方もいるでしょう。結構有名な作品ですね。

オツベルというのは工場を経営する資本家の男で、そこに象が現れる、というお話になっています。では、これはどんなお話なのかという概要と、その主題は何なのか? という解説などなどしてみたいと思います。

『オツベルと象』のあらすじ

本作『オツベルと象』は、ある牛飼いが話した話として書かれたもので、「第一日曜」「第二日曜」「第五日曜」と三つの章に分けて描かれた作品です。

第一日曜 巨大な労働力、象の出現

オツベルは新型の稲扱器械を六台備える、学校くらいの小屋のような工場の主です。そこには十人くらいの百姓もおりました。オツベルはその中でパイプをくゆらせぶらぶらと歩きまわっております。

稲扱機は「のんのんのんのん」震えておりますから、そこにたってるだけで運動してるような感じで、歩き回ってるだけで腹も減る。それで、オツベルは昼にはビフテキを食い、オムレツを食うのでした。

そんなところに森から迷い込んだのか、どでかい白象が現れました。百姓たちは驚きましたが、さすが資本家オツベルはそうそうそんなことではひるみません。オツベルはパイプの煙を吐き出し、「どうだ、ここにずっといないか?」と言うのです。象も象の方でそりゃおもしろい、居てもいいよと言うのです。

そんなことでオツベルは突如として、白い象というとんでもない労働力を手に入れたのです。

第二日曜 労働者となる象

象はとても立派で、象牙も美しいし、皮も丈夫で力強い。そんな象にオツベルは時計を与え、鎖を与え、張りぼての四百キロの赤い靴を与えました。象はプレゼントをもらったと思ったのですが、要は時間を管理され、分銅と鎖をつけられてしまったのです。

そしてオツベルは象に税金が上がってしまうから申し訳ないが仕事をしてくれと依頼します。水を汲んでくれ、薪を持ってきてくれ、炭火を吹いてくれ……。

オツベルは稼ぐのは楽しい、森に行くのも大好きだよと仕事に精を出します。ところが、オツベルがもらっていたのは、たった五把の藁なのでした。……

第五日曜 押し寄せる象の大群

オツベルはひどい仕事をさせられ、藁は三把に減っておりました。そして、ついに倒れるように「さようなら、サンタマリア」とつぶやいたのです。(サンタマリアは聖母ですね)

すると、月が答えます。なんだ、意気地のない奴だなあ、仲間に手紙でも書けばいいじゃないかと。気が付くと、赤い着物の童子が硯と紙を持って目の前にいるではありませんか。

「ぼくはひどい目に遭っている。助けてくれ」

その手紙を受け取った山の象たちは沙羅双樹の下で碁などを打っておりましたが、大層怒り、オツベルをやっつけよう!と大群で「グララアガア、グララアガア」とオツベルと象のいるところへやってくるのです。

オツベルは門を閉め、丸太でふさぎ、象を小屋に閉じ込め、象の大群に迎え撃とうとします。

ところが、象の大群はやがて塀を越えてやってきて、あっさりとオツベルを踏みつぶしました。そして、象の大群は、すっかりやせてしまった白い象を救い出したのでした。というのが結末です。

『オツベルと象』の主題、解説

そんなわけで、オツベルは飼いならしたと思った、労働者として使っていた象に仲間を呼ばれてやられてしまうのですね。

ブラック企業を描いたかのような一作

本作『オツベルと象』は小林多喜二の『蟹工船』のような資本家への怒りが描かれていますね。主題はまさしく、このオツベルという資本家と、労働者たる象の関係性にあるでしょう。

『蟹工船』でも思いましたけど、『オツベルと象』のようにこう……仲間が反乱を起こすきっかけになるみたいなのは現実にはなかなか難しいので、もしかすると今の時代だと象はもっと悲惨にこのままわずかな藁しかもらえないまま、疲労して死んでしまうのかもしれませんね……。

本作の最後は、

「ああ、ありがとう。ほんとにぼくは助かったよ。」白象はさびしくわらってそう云った。

『オツベルと象』 宮沢賢治

と書かれているのですが、このさびしく笑う様は、オツベルに騙されてしまった自分へのみすぼらしさというか、一人では立ち向かえなかった弱さのようなものも感じられますね。確かに、このさびしい笑みに何かブラック企業に巻き込まれそうな感じが出てます。

ブラック企業、という観点からみると、「第五日曜」の

「何だい、なりばかり大きくて、からっきし意気地のないやつだなあ。」

『オツベルと象』 宮沢賢治

という月の台詞がマジでブラックですね。鬼すぎる。まあ、そんなこと大したことないよというやさしさの裏返し……だと思いますが。

労働者の強さを示す「顔にぱちぱちあたる」もの

「第一日曜」において、象の顔に「稲扱器械」から吐き出される籾殻が象の顔に当たった際に象は、

「ああ、だめだ。あんまりせわしく、砂がわたしの歯にあたる。」

『オツベルと象』 宮沢賢治

と伝えています。その一方で、「第五日曜」においてオツベルが銃で象を売った際にも

「なかなかこいつはうるさいねえ。ぱちぱち顔へあたるんだ。」

『オツベルと象』 宮沢賢治

と書いています。資本家の力の元である器械も拳銃も、労働者には実はぱちぱち顔に当たる程度のものでしかなく、その強さを示しているように思えますね。すなわち、この物語は、労働者の味方であると読めるのではないかと思います。

最後の一文に見る、理想の資本家の在り方

本作『オツベルと象』の最後の一文は、

おや〔一字不明〕、川へはいっちゃいけないったら。

『オツベルと象』 宮沢賢治

で、終わります。本作は牛飼いが物語る形式で、牛、ないし物語っている相手に川に入るなと言ってるわけですが、時計をもらって靴をもらって喜んで川に水くみに行ったのが象の最初の仕事であるため、喜び勇んで川へなんか入るなよ、つまりは、ちょっとした欲に流されて仕事をするなよ、というような意味も込められているとか。

しかし、この牛飼い、並の牛飼いではありません。何と言っても、象が月と話をし、謎の赤い着物の童子が紙と硯を持って現れたことまで知ってますからね。誰も見ていないはずなのに。

この牛飼いの話、考えてみればとっても妙で、「第一日曜」「第二日曜」まで割とオツベル派なんですよね。

いまに見たまえ、オツベルは、あの白象を、はたらかせるか、サーカス団に売りとばすか、どっちにしても万円以上もうけるぜ。

『オツベルと象』第一日曜 宮沢賢治

じっさい象はけいざいだよ。それというのもオツベルが、頭がよくてえらいためだ。オツベルときたら大したもんさ。

『オツベルと象』第二日曜 宮沢賢治

オツベルを絶賛してますね。ところが、第五日曜で手のひらをころっと返して、誰も知り得ない話を始めるんですね。(いや、そもそも象が人間の言葉を喋ってる話に整合性とか求める方がおかしいとかありますけどね)

火曜サスペンスならば、きっとこの『オツベルと象』の中で描かれていない第三日曜、第四日曜の間にこの牛飼いがオツベルを殺したんじゃないかとさえ思えるほどの謎の熱量で「第五日曜」の話を牛飼いはしていますね。なんかそれをごまかすような「おや、川に入るなよ」にさえ思えます。この牛飼いの正体、気になるわー。

まあ、それはうがった考え方過ぎまして……。話をまじめに考えますと、そもそも、牛飼いもまた資本家ですからね。 だから彼はオツベルを絶賛したはずなのです。 ですから、この牛飼いの正体はきっと作者自身の宮沢賢治で、象で儲けまくった資本家オツベルとの対比で、労働者たる牛を川に入ると危ないよと注意する理想の資本家の姿を描いた一文だと思います。まあ、資本家はこうあるべし、と言いますか、労働者を舐めちゃいけないよ、と言う一文ではないでしょうか。

ちなみに最後が一字不明なのは、ホントに不明みたいですね。初出の「月曜」誌上ですでにわからなかったみたいで、原稿も現存していないようです。(ちゃんと編集校正してやれよと思いますが)なお、一字不明の一字は、「君」辺りが有力候補らしいです。まあ、そうかな。

宮沢賢治の祈りの対象

「白い象」は「サンタマリア」に願いをかけ、また象の群れは「沙羅双樹」の下で暮らしていたりと、仏教のようなキリスト教のような不思議な世界観がベースになっています。これぞまさしく、イーハトーブ……!

なお、本作『オツベルと象』の舞台は、白い象と沙羅双樹がでてきますから、舞台は東南アジアとかインドとかとされているみたいです。

『オツベルと象』に見る擬態語の妙

宮沢賢治というのは独特の言語感覚を持っていた人で、擬態語にその真骨頂が見られるのですが、本作『オツベルと象』においても器械が動くさまは「のんのんのんのん」、象の鳴き声? なだれ込んでくる様は「グララアガア、グララアガア」と表記されています。そう言われてみれば、なぜか納得する擬態語ですね!

『オツベルと象』の絵本など

さて、そんな『オツベルと象』は青空文庫でも読めますし、書籍はもちろん、絵本でも読めます。お子さんに読ませるには、なかなか良い話だとは思います。もちろん、本作は大人も読める物語であり、むしろ仕事に悩む大人が読むべき物語ですので、ぜひご一読ください。







-宮沢賢治

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  1. […] 同じような感想を抱いたのが、宮沢賢治の『オツベルと象』ですね。『蟹工船』と併せて読んでみると良いかもしれません。 […]

  2. […] で終わります。『オツベルと象』も第三者が物語を語る形式をとっていましたが、本作ではこの第三者の語りにより、青い幻想のような谷川の底の風景が浮かんできますね。ぜひご一読ください。 […]

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