アーネスト・ヘミングウェイ

『老人と海』のあらすじ、解説、感想とかとか。

投稿日:2016年2月4日 更新日:

老人と海

『老人と海』の作者はアーネスト・ヘミングウェイです。彼が1952年に発表した作品です。原文はもちろん英語で、私が読んだのは福田恆存(ふくだつねあり)さんが日本語訳したものです。

文庫本で150ページほどの非常に短い作品ですので、二時間足らずで読み切れちゃうんじゃないでしょうか。ちなみに、青空文庫で無料で読めますよ。とはいえ、お金持ってる方は文芸文化のため、出版社になるべくお金を落としましょう。

スポンサーリンク




『老人と海』は、ノーベル賞受賞(を決定づけたとされる)作!

本作『老人と海』はピューリッツァー賞 フィクション部門を受賞し、さらにはヘミングウェイのノーベル文学賞の受賞を決定づけた作品とされております。

ノーベル文学賞受賞作(そもそも作家の活動全体を表彰するので、受賞作というのはホントはないんだけど)を読むには、一番読みやすい作品かもしれません。読書感想文にもうってつけの作品でしょう。

泣ける!とか感動する!とかまさか最後にこんなどんでん返しが!みたいな類の小説ではありませんので、ノーベル文学賞作品って、どんなスゴイ物語なんだろう!と期待し過ぎるともしかすると肩すかしを食らうかもしれません。

もちろん物語としての流れはありますが、決してきらびやかな仕掛けがあるわけではなく、淡々とした描写が続きます。きっと、だからこそ本作は評価されているのでしょうが。

というわけで、『老人と海』のあらすじなんぞを。

老人と海 あらすじ

主人公は、八十四日間もの間、魚を釣れずにいた漁師の老人サンチャゴ。

街で彼を慕う者はただ一人、少年マノーリンがいるだけです。サンチャゴは、マノーリンが子どもの頃から漁のイロハを教え込んでおり、弟子のような、友のような存在なのです。

かつてはサンチャゴも世界中の海を駆け巡った腕利きの漁師でした。が、今では少年の両親からも『サラオ』と言われています。『サラオ』というのは、スペイン語で最悪の事態を意味する語です。要は、サンチャゴはもう漁師として終わった人なのです。

ちなみに、なぜにスペイン語かと言いますと、この物語の舞台はキューバなのですね。キューバとアメリカはつい先日国交が回復しましたのでアメリカ人のヘミングウェイがなぜにキューバとお思いの方もいらっしゃるかもしれませんが、作品が発表された1952年あたりですとまだ国交はあった状態だったわけですね。どうも釣りが好きだったヘミングウェイが時折キューバの漁港を訪れていたそうで、そこで着想を得たとか。

ライオンを夢見る老人、サンチャゴ

と、だいぶ余談となりましたが、そうわけでマノーリンはずっとサンチャゴを漁をともにしておりましたが、両親からもうその老人のことはほっといて、他の舟に乗るよう両親に言われてしまうのです。そして、これがまた悲しいのですが、少年マノーリンは別の舟に乗ってわずか一週間で見事な魚を三匹釣り上げてしまうのです。

サンチャゴは、もはや漁師仲間にもちょっとバカにされている存在で、とにかくもう長らく魚を獲っておりませんから、日々食べるものもまともにないという状況なのでした。ので、ちょこちょこマノーリンが持ってきてくれるものを食べて彼は生活しております。しかし、かれは誇りを少しも失っていませんし、悲壮感など微塵もないのです。かつて、そうきっと彼が漁師として全盛期であった頃にアフリカで見たライオンの姿を今なお夢に見ているのです。

ただ眼だけがちがう。それは海とおなじ色をたたえ、不屈な生気をみなぎらせていた。

サンチャゴは、その意志と行動ですべてをねじ伏せていくような力強さでみなぎっています。『老人と海』は、そんなサンチャゴとメキシコ湾の恐るべき大魚との数日に渡る格闘の物語なのです。

84日ぶりの獲物カジキとの数日に渡る死闘

さて、八十四日振りの獲物を獲ろうとひとり漁に出た彼は、それはそれはもうとんでもないカジキを掛けるのです。なかなか釣りあげることは出来ません。舟から海をのぞいてみると、彼の船などあっという間にひっくり返されてしまいそうな、恐るべき大魚がそこには掛かっているのです。

そして、その瞬間から、老人は数日カジキを引いたまま、海を流れていくのです。沖へ沖へ、誰もいない孤独なところまで舟はカジキを連れて、いや舟はカジキに連れられて行くのです。わずかな水と、その場で網で捕まえた海老なんぞを食べ、カジキとの死ぬか生きるかの戦いを数日にわたって続けるのです。

やがてようやく、ついに、彼はカジキをしとめます。サンチャゴは舟の横腹にカジキを括りつけ、動かなくなったそれを引いて陸へとふたたびもどります。カジキは、青い海に血潮を描きながら、海を渡っていきます。

カジキの血を嗅ぎつけ、鮫が迫り来る

老人の戦いはまだ終わってはいませんでした。その血を嗅ぎつけ、次々と鮫がカジキに襲い掛かるのですね。数日に渡る格闘を繰り広げたあとでも、老人は諦めることはありません。サンチャゴはカジキを決して離すことなく、迫り来る鮫を打ち倒していくのです。

やがて常備していた武器も使いきったものの、ついに遠くに陸が見えてくるのです。老人は、ついに生きて海から陸へと上がるのです。しかし、もうその時には、カジキの姿はまともなものではありませんでした。彼の舟につながれたのは、ほとんどを鮫に食い尽くされた、大魚の骨身だったのです。

骨だけになったカジキを連れ、サンチャゴは再びライオンの夢を見る

サンチャゴは街へと戻り、眠りにつきます。街では捜索願が出されており、マノーリンが彼に泣きつきます。

骨はやがて処分されました。波間の中を、ただ漂う、巨大な骨でした。老人はふたたび眠りにつきます。彼は、若き日に見たアフリカのライオンの夢を見ていました。

スポンサーリンク




『老人と海』の感想と自分なりの解説

『老人と海』は、得ることと失うことで構成されています。彼を慕う少年は冒頭から他の舟へと移ります。友であり、弟子を失っているのです。そして、漁師に必要な投網も売り払っています。また、サンチャゴはすでに妻も喪っています。何もかもを失っています。

彼はすべてを失いつつも、毅然と生きているようではありますが、その一方で住まう丸太小屋には色刷りのイエスの誠心とコブレの聖母マリアの絵を飾っているという一面もあります。

かつてはその壁に、故人のぼやけた写真が掛かっていたが、老人はそれをとりはずしてしまった。見るにたえぬ寂寥の想いに襲われるのを恐れたからだ。

漁になると超人然としていますが、サンチャゴには普通に弱い部分もあるのです。

すべてを失った彼が求めるものはただ一つ、巨大なカジキ

老人は、人生の中でたくさんのものを得て、失ううちに、そして年を取ることで、何かを得るということへの欲求が少なくなっていきつつあります。彼は、水を詰めた瓶ひとつで一日を生き抜くのですから。

それでも、彼がほしいものはただひとつ。巨大な”まかじき”なのです。

いまは、ただひとつのことだけ念じていなければならないのだ。そのためにおれが生れてきた、ただひとつのことを。

老人は、漁の最中に小海老を獲り、噛み砕いて食べます。気を失いかけながらも、魚を獲ります。怪我した手を海に浸して回復を図り、生き抜くために襲い掛かる鮫を打ちつけます。そう、すべてを失ったとしても、サンチャゴはまかじきだけはどうしてもほしいのです。

マカジキを追う死闘はサンチャゴの人生そのもの

まかじきがほしいという願いは、彼の欲求の行動を追ううちに、どんどん純化されていきます。遥か沖へと旅立ち、命を懸け、そしてついにまかじきを失って港へ戻るこの旅路は、単なる漁の領域を超えて、この老人の生きざまそのものを見ているような気がしてくるのです。

漁とは何なのか。まかじきとは何なのか。もはや、それはサンチャゴの人生の縮図なのです。読者はまかじきとの格闘を見つつ、サンチャゴという老人の人生そのものを見ているわけです。そして、そのサンチャゴの生きざまは、とてもカッコいいのです。

『老人と海』は、友を取り戻す物語でもある

さて、再び港へと辿りついた老人に、少年はこう話しかけます。

これからは二人一緒に行こうね。ぼく、いろんなもの教わりたいんだもの。

失い続けてきた老人がこの『老人と海』の中で得たのは、まかじきの骨だけ、ではありません。老人はふたたび少年を得ることができたのです。もしかすると、サンチャゴは、まかじきがほしいのではなく、友を取り戻したかったのかもしれませんね。

さて、老人サンチャゴは時折ライオンを夢に見ていますね。これは、老人がマノーリンの年の頃にいたアフリカの記憶です。これは、サンチャゴの若き日の記憶であるとともに、若き弟子マノーリンをも同時に示唆している存在であると思います。

ライオンを求め、マカジキを取る。喪失に抗うという生き様。

つまりは、サンチャゴが夢に見るライオンとは、伝承であり、回帰であり、復活であり、救済の象徴……なのですね、たぶん。まかじきを追う旅路は、友を取り戻す旅路であり、つまりは自身を取り戻す旅だったのかもしれません。私は、何かそんな風に思います。すべてを失った彼自身を、もう一度取り戻そうかとしているような気がします。でなければ、あれほどまでに戦えるものかと……。ちなみに、このサンチャゴの姿は、キリストの象徴であるという解釈もあったりするそうですよ。

行動が物語を綴り行く、勇敢な物語『老人と海』

もとい、『老人と海』には喪い続ける人生というものに対して抗う者への賛歌が描かれています。思考を行動がねじ伏せ続けていく、非常にタフな人間像が描かれています。

さて、ここで考えてみてください。あなたは四日間、ほぼ不眠不休で生き抜くことが出来るでしょうか? 私はちょっと無理かもしれません。ところが、老人サンチャゴはそれをした。それをしたどころか、彼にとっては、この漁の日々はきっと日常の一幕に過ぎないのでしょう。まあ今回は特に大変だったでしょうが。

彼はきっとこの物語が終わった後も変わらず漁に出ますし、これまでもきっと漁に出続けてきたのです。

自分を振り返るとどうでしょう。ここまで自分がほしいものはあっただろうか、ここまで自分は真摯に向き合っているだろうか、もはや自分は、沖にさえ出ていないのではないか……。

手綱を離さず、獲物を追い続けられるか。己を鼓舞し続けられるか。私たちもまた、八十四日間、いやもっとそれ以上に何の成果も挙げられない、失い続ける老人のひとりなのかもしれません。

きっと、この『老人と海』を読んだ後には、荒波の中戦い抜く褐色の老人の姿が心に焼きつくでしょう。ちょっと心が弱くなった時とか、どうにもならない虚しさに襲われるような時には、この老人の姿が不意に勇気を与えてくれるかもしれません。

というわけで、アーネスト・ヘミングウェイのノーベル賞受賞を決定づけた『老人と海』、ぜひご一読あれ。







-アーネスト・ヘミングウェイ

執筆者:

関連記事

関連記事はありませんでした