芥川龍之介について

芥川龍之介の処女作『老年』のあらすじ、解説

投稿日:2019年12月24日 更新日:

芥川龍之介の処女作は、1914年、大正3年に東京帝国大学の文芸誌であった「新思潮」誌上に発表した『老年』です。ちなみに「新思潮」創刊号で『羅生門』を発表してます。

それより前にあたる作品の『老年』は第四次「新思潮」で、その前の第三次「新思潮」で発表されています。当時正式に出版等もされていないので、本として読むのは結構今なお困難です。全集とかでないと読めないのではないでしょうかね。

『老年』のあらすじ

これは、東京都台東区浅草橋場の玉川軒という茶道様式の料理屋でのお話。とある冬の寒い日に、女将や旦那や四十過ぎた大人たちが集まっており、一中節の順講が行われておりました。これは古浄瑠璃のおさらいの会、まあ師匠前での復習のお披露目会が行われておりました。右側に旦那陣がいて、左側には女将陣がいて、右の末席にその料理屋の隠居の房さんという還暦のおじいさんがおりました。

この房さん、なかなかのかつては名を馳せたおじいさんで、十五で茶屋酒の味を覚え、二十五に女と心中未遂をし、親から譲られた財産をすり、遊びまくって落ちぶれて、いろいろあって今はこの茶屋の隠居に収まっております。

かつてはお唄を謡い、芝居に行ったり、鶯飼ったりと粋な文人だったらしいのですが、今はこじんまりしたおじいちゃんで、どうもそうは見えない。それでも、場が盛り上がり三味線が鳴り始めると肩を揺らしてちょっとのったりしていましたが、一曲終わると静々と私はこれで……と席を外しました。

あれがあの房さんかと噂されたりしている最中、小川の旦那なる人物がちょっとお手洗いにと外に出ると、同じように中洲の大将が部屋を出てきました。便所でも行ったら、内緒でそっと二人で一杯やりましょうかと言いながら用を済ませ、帰って来る途中でどうもひそひそ声がどこからか聞こえてくる。

右手の障子の中からとぎれとぎれに何か聞こえてくる。「何をすねてんだ、泣いたって仕方ないだろ。お前という者がありながら、他の女とデキちゃうなんてわけないだろ……」みたいな、房さんの声が。

こりゃあ、歳は取ってもさすがは房さん。大したもんだと、その姿をひと目見てやろうと障子の隙間から覗いてみます。

ところが、そこには女の姿はない。房さんの後ろ姿が見えているだけ。あとはこたつ布団の上に白ネコがうずくまっているだけでした。その猫に禿頭を触れんばかりに近付けて、房さんはなまめいた言葉を一人呟いているのでした。

老年の解説

いやー、気持ち悪いジジイですね! というと見もふたもないですが、こうした、過去にすがる老人の悲しさ、過去の栄光からいつまでも逃れられない人間の弱さ、というような一瞬を小説にしようととらえてくる辺りが実に芥川龍之介の短編小説らしいですね。

芥川の処女作ならではの描写

何より恐るべきはこれを書いた芥川は22歳であることでしょう。例えば、この料理屋の広間は、このように描写されています。

籠行燈の中にともした電燈が所々に丸い影を神代杉の天井にうつしている。うす暗い床の間には、寒梅と水仙とが古銅の瓶にしおらしく投げ入れてあった。軸は太祇の筆であろう。黄色い芭蕉布で煤けた紙の上下をたち切った中に、細い字で「赤き実とみてよる鳥や冬椿」とかいてある。小さな青磁の香炉が煙も立てずにひっそりと、紫檀の台にのっているのも冬めかしい。

芥川龍之介『老年』

雅な文化に囲まれた芥川家で生まれ育ち、頭脳明晰な芥川龍之介だからこその処女作の一文ではないでしょうか。そう、芥川家というのは実に優雅な御家だったのですね。芥川龍之介という人がどういう人かというのはこちらのページにまとめました。

また、時代的には大正のはじまりで、新しい時代に向けて、という時にこうした江戸情緒・風情を感じさせるものを書いた辺りがまた芥川龍之介らしい憎らしさを感じますね。

雪に閉じ込められた取り残された老人の悲しさ

ちなみに本作は、

雪はやむけしきもない。……

芥川龍之介『老年』

という一文で終わります。

『老年』は、宴が玉川軒で始まったころには雪は降り始めており、その雪がついに止む気配がないまま終わるのですが、何でしょうね、雪というものに閉ざされた空間のさらにその閉ざされた中で江戸の美しさがあり、そこから離れた閉ざされたところで老人が取り残されている、という構図が何か示唆的なものを感じます。

硝子戸と障子とで、二重にしめきった部屋の中

芥川龍之介『老年』

にある、この料理屋の世界自体が分断されたものであり、江戸の世界が遠くにある。またその中には美しく閉ざされた雅な世界がある一方で、その時代に取り残されたままの老人がいる。

大正、明治、江戸という時代を思うと、もしかするとこの令和の時代に、昭和の時代に取り残されたおじいさんが、今もどこかの雪の降るお茶屋の隅っこで一人残されているのかもしれませんね。そういう時代の移り変わりが切なく、美しく、そして不気味に描かれた一作です。

ぜひご一読くださいませ。







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