森鴎外

『山椒大夫』のあらすじや感想などなど。

投稿日:2016年5月26日 更新日:

『山椒大夫』は、森鴎外の小説ですね。『高瀬舟』なんかもそうでしたが、本作も昔から存在したお話をベースに作り上げた作品でして、今回は中世に存在した『さんせう太夫』というお話を下敷きにしています。このお話は浄瑠璃になったり、子ども向けのお話として『安寿と厨子王』になったりと有名な話と言っていいでしょう。

『山椒大夫』のあらすじ

お父さんを探して旅する母、姉、弟の親子三人、それに女中が加わった四人のお話です。四人は筑紫(福岡あたりですね)に行った父親を探す旅をしておりまして、宿を探しておりました。ところが、そのあたりは人さらいが出るということで、宿がありませんでした。そこで親切な人が橋の下に隠れて一晩やり過ごすのがよろしかろうということで、四人で橋の下にもぐります。

そこへ突然一人の男が現れます。聞けば、この辺は人さらいが出ますから危ないでしょうと。私についてきてもらえれば、泊まれる場所を用意しましょうとなりました。親切な人にあったとその人のお世話になり、身の上話をします。それで、その山岡大夫さんは、筑紫に行くなら舟がよかろうと勧めてくれました。それで舟を紹介してもらい、四人はそれぞれ2艘の舟に乗ることになりました。

ところが、舟は別々の方向へと漕ぎ出されていきます。あれあれ、どこへ行くのと思ううちに、舟漕ぎたちは本性を現します。彼らこそが人さらいだったのです。姉弟たちと女中と母親は離れ離れとなってしまいます。

姉 安寿と弟 厨子王は、山椒大夫という恐ろしい人買いに買われることになりました。そこで、それぞれ柴刈りと汐取をさせられることになります。二人はいつも抱きしめあい、涙し、母親、父親に会いたいと来る日も来る日も泣いていました。

二人は同じ部屋で暮らし、日々互いを慰めあい、時に逃げ出すすべを話し合いました。時に安寿は言います。二人一緒に逃げようとするからダメなのだと。厨子王、おまえだけで逃げて、いつか私を助けに来てくれればいいのだと。しかし、そんな二人の会話が山椒大夫の息子に聞かれてしまい、目をつけられてしまうわけです。

ある日、安寿は山椒大夫に言います。私も柴刈りをさせてほしいと。ならば男になれと、山椒大夫は彼女の髪を切り、男の子のような髪型にさせられたのちに厨子王とともに柴刈りへと行かされることになりました。

厨子王は、なぜ安寿がそんな提案をしたのかわからず、その髪型を見るとどうにも悲しくなりませんでした。柴刈りに出た山の頂で安寿は言います。今がチャンスであると。今ならあなたひとりで逃げ切れる。この峠をいけば、都に出られる。途中に寺があるから、そこに身をひそめなさいと。そこであなたの運命が開けたものであるならば、逃げ切れるであろうと。

厨子王は姉の決心に背を押され、ついに山椒大夫の支配から逃げ切ることに成功しました。安寿は山椒大夫たちが追ってくる前に小さな沼へと入水自殺をしてしまいました。

都についた厨子王は父を探しましたが、父はすでに亡くなっていることを知りました。悲しみに暮れた厨子王でしたが、彼の父が持っていた権力のおかげもあり、その地位をメキメキと上げ、ついにその都の国主となります。そしてその国に人の売り買いを一切禁じる法を発布しました。

それから、彼は佐渡に行きます。母を探すためです。最初は人に探させていましたが、自分の足で探さなければと町を歩き回ります。そこでどうも盲人の老女に出会います。その女はこんな歌を歌っていました。

安寿恋しや ほうやれほ
厨子王恋しや ほうやれほ
鳥も生あるものなれば
疾う疾う逃げよ 追わずとも

厨子王はついに母を見つけたのです。二人は固く抱き合いました。

『山椒大夫』の感想

ただただやりきれない小説ですね……。可哀想すぎるし、気の毒すぎる……。涙なしには読めない小説です。

が、よくよく読むと妙に不自然なところも多々見られる不思議な小説です。

冒頭述べました通り、この物語は『さんせう大夫』から『安寿と厨子王』となり、そして『山椒大夫』となりました。

本作について森鴎外自身は、『歴史其儘と歴史離れ』の中で『さんせう大夫』の伝説を頼りに小説へと落とし込んだ『山椒大夫』についてこう語っています。

兎に角わたくしは歴史離れがしたさに山椒大夫を書いたのだが、さて書き上げた所を見れば、なんだか歴史離れがし足りないやうである。これはわたくしの正直な告白である。

すなわちこの作品は、なんというか、やはりちょっと妙にフワッとしているのです。

山椒大夫の行く末

厨子王は丹後の国主となり、人の売り買いを禁じました。それは、もう間違いなく山椒大夫を懲らしめるための一手だったのですが、衝撃的な結末となります。

そこで山椒大夫も悉く奴婢を解放して、給料を払うことにした。大夫が家では一時それを大きい損失のように思ったが、この時から農作も工匠の業も前に増して盛になって、一族はいよいよ富み栄えた。

なんと、厨子王が打った一手は、山椒大夫を富み栄えさせる結果となったのです。山椒大夫に関する記述はこれが最後。富み栄えて終わりです。

一方の厨子王は、姉を亡くし、女中を亡くし、父は死んでいるし、母にようやく会えた、というところです。めっちゃ損やん。

なお、元ネタの『さんせう太夫』では偉くなった厨子王は、山椒大夫、そしてその息子たちに一人ひとり復讐の刃を突き立てるのです。要は殺していきます。森鴎外は、なぜこんな改変をしたのか。

安寿はなぜ死んだのか

安寿と厨子王は山の上で分かれるのですが、どう考えても、ここから二人で逃げればよかったのではないかと。なぜ彼女だけ残ったのか。しかもなぜ自殺(沼の前に草履が片割れ落ちてたという記述からの推測にすぎませんが)したのか?

こちらも『さんせう太夫』では、安寿は山椒大夫たちにつかまって拷問の末に殺されています。可哀想ではありますが、これならわかります。時間稼ぎをしよう、という意図があります。なぜ自殺することになったのか?これがわからない。

なお、『安寿と厨子王』の時点ですでに安寿が自殺するというものに変わっています。

意外といい人、山椒大夫

人さらいにさらわれた安寿と厨子王は、これは使い物にならんと売り飛ばされもしませんでした。買い手がつかなかったのですね。いらだつ男は二人を打つようになります。もしかしたら、このまま殺されていたかもしれません。

そこに出てきたのが山椒大夫です。彼は奴隷を駆使して商売を広げる、いいように言えば、まあもう、資本家ですね。ブラック企業のやり手社長です。

彼らのポリシーはすごくて、損になることは絶対にしない。使い物にならなくとも、殺すくらいなら何かさせろというものです。兄弟二人の住まいを別れさせようとした時も、それで死なれるくらいなら、一緒に住まわせておいて柴刈りでも汐取りでもちょっとでも得させた方がよい、ということを言っております。極悪非道とはちょっと違うのですね。

結局姉弟一緒に住ませるし、結局姉弟一緒に仕事はさせるし、衣食住には困らんし、愚か者には大したノルマはないしと夢のような奴隷の待遇です。

本作が書かれた時代は、日本が強かった時代です。もしかすると、資本主義の素晴らしさを鴎外自身も感じていたのはないかと思います。少々お上から発布が出ようが、山椒大夫という男は、資本主義という仕組みは、そう簡単にやられるものではないという森鴎外自身の感情が出たのかもしれません。







-森鴎外

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  1. […] 『山椒大夫』 1915年、中央公論に発表 […]

  2. […] との記述がありましたが、もし本当にそうだとしても、ここから対華21ヶ条要求への批判を読み取れる人がどれだけいるのだろうか。めくらまし過ぎて誰も気づかないでしょうが……。なんにせよ、『山椒大夫』の方も改めて読んでみたいですね。 […]

  3. […] との記述がありましたが、もし本当にそのような意見文めいたものだとしても、ここから対華21ヶ条要求への批判を読み取れる人がどれだけいるのだろうか。めくらまし過ぎて誰も気づかないでしょうが……。なんにせよ、『山椒大夫』の方も改めて読んでみたいですね。 […]

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