芥川龍之介は1923年、『婦人公論』において短編小説『猿蟹合戦』を発表しました。あの『猿蟹合戦』ではありません。あの『猿蟹合戦』の後日談を描いたものです。短編小説というよりももっともっと短く、掌小説、という感じの一編の物語です。
『桃太郎』と同様、誰もが知る作品をベースに芥川龍之介らしい皮肉の効いた一作になっています。
芥川龍之介の『猿蟹合戦』あらすじ
名前に、一応、元ネタの『さるかに合戦』のあらすじも振り返っておきましょう。
童話『サルカニ合戦』のあらすじ
カニさんがおにぎりをもって歩いていると、お猿が柿の種とおにぎりを交換しよう、と言います。柿の種は食えないけれど、植えて日が経てば実が生って、おむすびよりもだいぶお得だよとお猿はいうわけです。
しぶしぶ交換した蟹は、早く芽を出さないとちょん切るぞと脅しながら、柿をせっせと育てます。すると、柿はすくすく育ち、立派な実がたくさんなりました。
ところが蟹にはその木に登ることができません。そこへやってきたのは、またもお猿。するする木に登って、柿を食べ散らかします。そして、食えない青柿だけをくれてやるとカニに思いきり投げつけました。それで蟹は死んでしまうと。死んだっけ……と思って調べると、死んでないパターンもありますね。とにかくこっぴどくやられてしまうと。ひどい話ですね。
それで蟹が泣いていると、臼が、蜂が、栗が、そして「馬糞」(調べてたら、馬の糞だったり、針だったり、昆布だったりいろいろですね。私の記憶だと、臼と蜂と栗だけだったよな)が、そりゃけしからんとかたき討ちに出ます。
お猿が家を留守にしている間に忍び込み、栗が刺し、蜂が刺し、馬糞でこけさせて、最後に臼で下敷きにしてぶっ殺してしまうわけですね。
という、大人になってよくよく読むと、とんでもなく恐ろしい話です。血で血を洗う抗争ですね。
芥川が書いた『猿蟹合戦』のあらすじ
それで、前置きが長くなりましたが芥川龍之介が書いたのは、この先のお話です。ちなみに、芥川龍之介の『猿蟹合戦』で登場するのは、蟹、臼、蜂、卵、です。卵……。こかす担当かな。
まあ、復讐を遂げたそのあと彼らがどうなったかというと、警察に捕まるんですね。全員逮捕です。主犯格である蟹は死刑。共犯者の臼、蜂、卵は無期懲役です。猿と取り決めた握り飯と柿の種の物々交換に置いては一枚たりとも書面が残っていないし、猿が投げつけたとされる青柿もどこまでの悪意があったのかわからない。それにしても、これは立派な殺人であるとして蟹は死刑です。
世論も蟹の復讐劇に冷ややかでした。大学教授は復讐は悪であると。社会主義者は私有財産をありがたがる気持ちがそうさせたのだ、きっと右翼が彼らを後押ししたのだと。宗教家は、仏の慈悲を知らないからこんなことをするのだと。
いずれも不賛成で、唯一味方したのは酒豪で詩人の代議士で、これは武士道であると言ったが、まあそんな時代遅れの説話に誰も耳を貸しませんでした。
そうして、蟹はあっさり死刑となります。誰一人として悲しむものはおりませんでした。
その後、残された蟹の家族はどうなったかというと、妻は売笑婦となった。長男坊は心を入れ替え、株屋の番頭になった。次男の蟹は小説家になった。そして、愚鈍な三男坊は、何にもなれず、蟹のままだった。そして、横に歩いているある日、おにぎりを拾った………。
とにかく猿と戦ったが最後、蟹は必ず天下のために殺されることだけは事実である。語を天下の読者に寄す。君たちもたいてい蟹なんですよ。
という一文でこの短い物語は終わります。
芥川龍之介の『猿蟹合戦』の感想
昔話の続きを考えるというのは、なかなか興味深いものですね。『猿蟹合戦』は特に子供の頃にはまったく気にも留めなかったけれど、残酷で残忍な物語ですねえ。確かにこれは大人になって読むと、この後臼だの蜂だのはどうなるんだと思いますね。
うーむ、確かに死刑か。青柿をぶつけられたとはいえ、蟹のやったことは許されるものではありませんね。
しかしながら、世論の冷たさを多少感じる気もしますが、それは『さるかに合戦』に慣れ親しんでいる我々だからこそであって、実際には大犯罪ですね。面白いというと不謹慎な気さえしますが、面白い視点です。
さて、最後の一文が気になるところです。我々も天下のために殺される一市民であると。一般市民たる我々にとって、逆らえば天下のために殺されてしまう、「猿」とは何なのか。そして、「蟹」とは何なのか。
原作『猿蟹合戦』は、悪いことをした人は必ず懲らしめられる、という因果応報の物語でしたが、この物語は、悪いことをした人を懲らしめるものが懲らしめられてしまっています。
日本人が本来持っていた(武士道、なんてワードも出てきますね)価値観がどんどん移り変わって、そういう旧来型の「正義」で物事が語れなくなり、手をつけてはいけない権力、またそれに迎合してしまう世論の恐ろしさ。この小説が書かれたのは、第一次世界大戦と第二次世界大戦の間。もしかすると急激に変わっていく世の中の価値観に警鐘を鳴らした作品かもしれませんね。
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