純文学

『桜の森の満開の下』のあらすじ、感想、解説。

投稿日:2016年8月15日 更新日:

『桜の森の満開の下』は、坂口安吾が発表した小説です。実に恐ろしい小説ですね。大好きです。

桜の森の満開の下

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『桜の森の満開の下』のあらすじ

桜の森の満開の下には、まあまず間違いなくお花見の人で一杯ですね。ところがどうでしょう。そこからダンゴがなくなり、酒盛りがなくなり、人がいなくなれば。なんとなく空恐ろしい感じがしませんか。

桜の森の満開の下を歩いていると、何やら気が変になってくるような心地がする。友と二人で歩けば、どうもできるだけ桜の下を早く抜けたいという心地になってくる。そこで走り出すのですが、相手のことも考えずに走り出すもので、どうにも友情に亀裂が入る。そんなわけで、どうもあそこを通りたくない。そうしているうちに、鈴鹿峠にひとっこ一人いない桜の森が出来上がったのです。

さて、ひとりの山賊が住んでいました。血も涙もない山賊で、人を殺すのに何の迷いもないような男です。しかし、そんな男でも桜の森の満開の下を歩くのはやや気が引ける。何かこの下にいるのが妙な心地になる。そう思って毎年避けて通っていたのです。

男の生業は山賊ですから、追剥です。人さらいです。その日もとある夫婦の夫の着ぐるみを剥いだのですが、その妻の方が得も言われぬ美しさ。そこで、我が妻となれとさらうため、夫の方はサクッと殺してしまうのです。

青ざめた女を今日から俺の妻だと山奥の家へと連れていくのですが、その女は山道はしんどいからおぶってくれというのです。山賊の方はその美しい女にテンションが上がりきっておりますから、ほいほいと担ぐのです。

ところが女の方がものすごいわがままで。こんな坂道は早く行け、走れと言うのです。息も絶え絶えになりつつ、山賊は弱いところは見せられまいと家へと走るのです。

ようやく家につくと、そこには七人の女房がおりました。山賊にはこれまでにもさらってきた女がいっぱいいたのですね。連れてこられた女はそれを見て、殺してくれというのです。私を妻にしたいなら、殺せと。

そこで山賊はならばと一人ずつばっさばっさと斬り殺していきます。ほれあっちに逃げた、こっちにもいるぞと囃し立てて殺してのです。そして、一人の不細工な妻だけは女中にしようと残します。

疲れ果てた男が女の方を見ると、その美しさに何かに似ているなと思うのです。そうだ、桜だと。あの桜の恐ろしい美しさにどうも似ている。そうだ、つぎ桜が咲くころには、必ず桜の森の満開の下にいてみよう、山賊はそう思いました。

それから三人の生活が始まります。男は女に尽くし、山の幸をどんどん持ってきて御馳走を与えますし、都から次々とお宝を持ってきて、女に与えるのです。

女はお宝をいろいろ組み合わせて美を生み出し、櫛で女中に髪を梳かせてこちらも美しい髪型を結い上げるのです。美とはこういうものなのかと山賊は思います。これはどうにも魔術のようだと。何がどうなるかわからないが、最後には恐ろしい魔力を持った美しさになる。やがて山賊は女の助手となっているような状況なのでした。

なかなか良い暮らしをしていましたが、女は満足しません。こんな山奥は嫌だと。都に戻りたいと言い出します。山賊の方は都に暮らしたことはないのでどうにも不安でしたが、女の前でそういうわけにもいきません。都へ三人で出ていくのです。

都に行くと、暮らしはますます狂気へと突き進みます。女が何よりほしがったのは生首なのでした。殺した人の生首でお人形ごっこを始めるのでした。男、女、僧、稚児、娘、いろいろ揃えていろんな物語を紡ぎ、生首が腐り、白骨化するまで遊ぶのです。そうしてその首に飽きたらば、次の首を持って来いと女に命じるのです。

殺すことに抵抗はないですから、山賊はどんどん首を持ってくるのですが、やがて男は飽きるのです。きりのない殺し、退屈な都での暮らし。ところが女に際限はありません。いくらでも欲望は湧き出てくるのです。

男は思います。そうだ、都を離れて山に戻ろう。男は女にそう切り出してみます。

女は意外や意外、首とお前を選ぶなら、お前を選ぶ。ならば二人で山に戻ろう。そういうのです。男は心底ほっとします。しかし、女の方は一時の気の迷いくらいにしかとらえておらず、すぐに都に男を連れだせると考えていましたから、女中の女に都に残っていてくれ、すぐに戻ると言い残します。

さて、また女を連れ去った時のように、彼女を背負って山道をゆきます。その日は、ちょうど桜が満開の日でした。どれほど恐ろしかろうが、あの退屈な日々が終わる今ならば、何も怖くない。男はそう思って桜へと進みます。その時、女の手が冷たくなるのを感じました。その時彼は気づくのです、この女が鬼であることを。

男は背中の鬼を振り払い、万力の力を込めて、桜の木の下で鬼の首を絞めます。やがて鬼は息絶えました。

気が付くと、それは鬼ではなく、確かに美しい女なのでした。山賊は声をあげて泣きました。

さくらはそよそよと散っていました。そこにいる女に桜の花びらが積もりました。山賊は、女に向かってそっと手を伸ばしました。ところが、そこに女はありませんでした。桜をかき分け、女の顔を探ろうとしましたが、そこにあるのはやはり桜なのでした。

いや、自分の手の先もまた桜の花びらとなって散っていくのです。そこに残ったのは、花びらと、張り詰めた虚空だけなのでした。

『桜の森の満開の下』の感想、解説、解釈

非常に恐ろしい小説ですね。誰もいない桜の森の下を歩きたくなくなります……。

この物語において非常に重要な役割を担っているのは、桜、ですね。奇妙な恐ろしさを感じさせる、桜の森の満開の下とは何なのか。

桜の森の満開の下の秘密は誰にも今も分りません。あるいは「孤独」というものであったかも知れません。

何者からも断絶された美しくも淋しいもの。耐え切ることのできないような、本当に孤独になることの恐ろしさとして桜が描かれています。

人は、本当の意味で孤独になると、桜の下で花びらに変わってしまうのかもしれませんね……。

山賊には、七人の妻がおり、後に新たな妻が出来、女中がおりました。悪事の限りを尽くした山賊も、孤独ではなかったのですね。鬼のような、いや実際に鬼であったかどうかわからないですが、まあ鬼のようなものですけども、その女といることで、孤独ではなかった。

ついにその女を殺すことで、彼は真の意味で孤独になってしまう。そうして、桜の花びらへと帰してしまった。悪事を尽くした、なかなか考えることもできない頭の悪い男が、それでも恐れたのは「孤独」であったというのはなかなか染みるものがあります。ぜひ坂口安吾の『桜の森の満開の下』をご一読くださいませ。

メディア展開される『桜の森の満開の下』

本作は舞台化、映画化など多数メディアミックス展開されております。篠田正浩監督の手により、映画は1975年に封切りされました。

また、野田秀樹さん演出で戯曲化もされ、『贋作 桜の森の満開の下』(「がんさく」でなく「にせさく」だそうです)として上演されているようです。2018年の舞台が最新なのかな。さらにはシネマ歌舞伎になったりもしてるんですね。その辺り、詳しくは野田秀樹さんのサイト”nodamap”へ。

さらにさらに、本作『桜の森の満開の下』は、青い文学シリーズでアニメ化もされています。今なお人を魅了し続ける、現役の作品ですね。







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  1. […] この言い回しはなんとなくどこかで聞いた方もいらっしゃるでしょう。初出は梶井基次郎のこの『桜の樹の下には』なのですね。ちなみに昭和二年くらいに成立した作品とされておりまして、先日ご紹介させていただいた坂口安吾の『桜の森の満開の下』も、少なからずこの『桜の樹の下には』に影響を受けて書かれたのではないかと思います。 […]

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