芥川龍之介について

『仙人』のあらすじ、解説、感想、オチまで。

投稿日:2019年11月16日 更新日:

芥川龍之介に『仙人』という小説があります。文字通り仙人が出てくる小説なのですが、考えてみれば、芥川の小説にはよく仙人が出てきますね。『杜子春』とかね。

いろいろ調べていて何かおかしいなと思ったのですが、ネズミに芸を仕込む李小二が主人公の『仙人』と、仙人になれる就職先を探す権助が主人公の『仙人』と芥川の『仙人』って2つあるんですね。なんかせっかくなので、両方ご紹介したいと思います。

前者の『仙人』は短い小説ですが、上中下と三部作で人間のちょっとした感情の裏にあるやらしさというか残忍さというかを描いた作品です。まずはこちらから。

『仙人』のあらすじ

さて、主人公の李小二という男は北志那の町々における露店の見世物を生業としており、鼠を操る仕事をしております。大道芸人のようなものですね。非常に貧しい男で、鼠を入れる袋と衣装やお面をしまう箱がひとつと、舞台代わりの屋台がひとつ。それが李小二のすべてであったのです。

天気のいい時に人通りの多いところで見世物をはじめて、鼠を舞台の上で演技させる。そうして日銭を稼いでいるのでした。鼠は5匹おりまして、名前は父の名前と母の名前と妻の名前。残りの二匹は行方知れずの生き別れとなった子供の名がついております。

この仕事、人が集まる温かな天気のいい日にしかそもそも仕事できませんから、とかく天候に左右されまして、雨の日はもうさっぱりダメ。そして、冬の日もダメ。まあもうからない仕事なのです。ネズミに、お前らもつらかろうが、人間もよっぽどつらいぜと話しかけたりしているのでした。

ある日、それは仕事にならぬみぞれ交じりの雨が降る午後。傘もなくてとぼとぼ鼠を担いで歩いて雨宿りの場所を探していると、小さな廟がありました。そのみすぼらしい廟で雨宿りをしていると、とある老人がいることに気づきました。

垢じみた道服を着、鳥が巣をつくりそうなハゲ散らかした感じのみすぼらしい老人です。その老人と二人雨を見つめていると、何か話しかけた方がいいかなと思いまして、「困った天気ですねえ」と声を掛けます。

「鼠に芸をさせてるんですが、まあもうからない」とか「雨だと仕事にならないんですよねえ」とか李小二はいろいろ言ってみますが、道士はひどく無口で、歯のない口で汚い黄ばんだひげを揺らして、そうですね、くらいしか言わず、まして自分のことは何も語らない。貧乏くさい爺さんだなあと心なしか感じてくると、「食わずに一日暮らしたこともありますよ。鼠に芸をさせてるっていうか、僕なんて鼠に芸をさせられてるようなもんですよ」と口を突いて出た。

それでも道士は変わらず何も言わない。李小二は、何かこう、このかわいそうな老人をちょっとくらい慰めてやろうと、今度は蝗災(トノサマバッタの大量発生による農業災害)の話でもしてやろうか……と思ったところ。

「同情してくださってるらしいが、それにはおよばんよ。金に不自由しない人間でね。むしろあなたの生活を助けてやりましょう」

急な展開に、頭のおかしな人なのかな?と李小二は思いますが、道士は廟の中に招き入れ、そして紙切れを手に持って、それをこすり合わせると……お金がじゃらじゃら出てくるではありませんか。

李小二はそうして富を得ました。老人はその時、とある句を書いてもらいました。

人生苦あり、以て楽むべし。

人間死するあり、以て生くるを知る。

死苦共に脱し得て甚だ、無聊なり。

仙人は若かず、凡人の死苦あるに。

『仙人』の感想、解説

自分より貧しいと思った相手が、とんでもないお金持ち、どころか金もクソもない、全く違う次元の相手、すなわち仙人だったわけですね。こいつモテないんだろうなと思った相手が、とんでもなく美人の彼女連れてきちゃった、みたいな心地になりますね。恥ずかしい。

まあ、それとはちょっと違いはしますけども、貧しい人が相手よりは上である、慰めてあげようという優しさこそが、ちょっとマウント取っていて実はとっても失礼、みたいなこの辺りの人間の繊細な感情のひだの部分をスッと描くのが芥川龍之介らしいですね。

最後の仙人がくれた四行にちょっと重みがありますね。「苦労があるから、楽しさがある。死があるから、生を知ることができる。死も苦労もなければ、退屈である。仙人には、人間のような死苦がないのだ。」

李小二は仙人から富を与えられて幸福を手に入れたわけですが、その実、苦労を奪われてしまいましたから、彼の人生はもう退屈なものになってしまったのかもしれませんね。そう思うと、恐ろしい。

もう一つの芥川龍之介の『仙人』

どっちの『仙人』が有名かちょっとわかりませんが、もしかしたら、こっちの仙人の方が有名かもしれません。

主人公は権助という人で、大阪で奉公先の口入屋の暖簾をくぐります。まあ、就職あっせん所ですかね。で、仙人になりたいのだが、仙人になれる奉公先はないかと。番頭さんはひどく困りますが、ちょっと待て、のれんに何の奉公先でもあると書いてありましたよ、じゃああれウソなんですか?と嫌なクレームを入れてくる。

困った番頭さんは、じゃあまあ一日待てと。ちょっと探してくるわと探すのです。で、隣のお医者に行きました。ところがお医者さんもそんなの知らんわとなりますが、そこの奥さんが「私知ってるわ」というわけです。まあ、それなら願ったり、何か仙人と医者は通じるものがあるから、行けるじゃないかと思いましたよーとなります。

さて、そのおかみさん翌朝どうしたかというと、権助にこう言うのです。「二十年働きなさい。お給金もありませんよ。そしたら、仙人になれる術を教えてあげましょう」

そうして権助は二十年、まじめに働きます。そして、月日は二十年流れまして、さあ、いよいよ仙人になれる術を教えてくれという日が来ました。

お医者は困りますが、この女将なかなかの女で、じゃあ私の言う通りにしなさい、できなかったら、また二十年修行よと、庭の高い高い松の木にまず登れと。権助はするすると木の頂上まで登ります。「じゃあ、そこで右手を離しなさい」離します。危ない。

「さあ、左手も離しなさい」この左手を離すと、落ちてしまって大けがします。それがまあ女の魂胆だったわけですね。できませんと言わせて、じゃあまたタダ働きさせようとしたわけです。

ところが、権助は仙人になりたいわけですから、両手とも樹の上で離してしまいます。そうしてもちろん樹から落ちてしまうのですが、地面にたたきつけられることなく、なんと空中でふわりと浮かんだのです。お医者のご夫婦、ありがとうございました、おかげで本当に仙人になりましたと、空の彼方へと消えてしまいました。

というのがオチのお話です。なかなかきれいに話ができていて、まるで世にも奇妙な物語みたいなお話ですね。無料で読めますし、ぜひ読んでみましょう。

KindleとKindleリーダーがあると、読書ライフがとっても便利になりますよー。







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