『斜陽』は太宰治が1947年に著した中編小説です。戦後間もなく、ですね。『新潮』で4回にわたって連載され、ベストセラーとなりました。急激に時代が変わり、上流階級が没落していく様は、まさしく斜陽。そうした人たちが斜陽族と呼ばれるほど、社会現象を巻き起こした、太宰治の代表作の一つとされています。
ちなみに、現在太宰治の生家は太宰治記念館となっていますが、本作から『斜陽館』と名付けられています。
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『斜陽』のあらすじ
お母様は没落した貴族だが、どうにも上品さがあり、気品があり、天真爛漫でありながら、エロティックでもある。立小便もしちゃう。最後の貴婦人、といった感じです。
主人公は、かず子という女性で、もちろん、お母様の娘で、6年前に離婚しています。あと、弟がおり、彼は戦争で行方不明になっています。そんな三人の貴族の話です。
戦争があり、そしてそれが終わり、貴族の立場は変わりました。何をせずとも生きていけたらしい貴族の暮らしはそうもいかなくなりました。
弟は戦場へ行き、稼ぎ手を失った母と娘は田舎へ移住して、叔父からの援助を受けたり、家の着物や装飾品を売って食いつなぐことになりました。
慎ましやかながら幸福な日々を送っていた2人でしたが、お母様の体調が崩れること、そして弟の直治が実は生きていて、しかし薬物中毒の状態で家に戻ってくる辺りから不幸が加速していきます。
お母様は結核となり、徐々に衰弱していき、かず子は幸福を希求しながらも恋と革命に心惹かれるようになり、やがてこの生活を変えるには恋を成就させるしかないと考えるようになります。しかもその恋の相手は、直治の師である妻子のある上原という男でした。何度も彼女は貴方の子供がほしいと手紙を送るのでした。
やがてお母様は息を引き取ったのち、かず子は珍しく直治が家に帰って来たその日、入れ替わるようにして上京し、上原に会いに行きます。
かず子が上原と関係を結んだその夜、直治は自殺をしました。彼は姉かず子に宛てた遺書を遺しており、そこには没落した貴族として生きていくことの辛さ、時代が変わり、人は皆平等であるという思想の中生きていくことの不自由さ、苦しさ、そして、生きていてただ一人恋い焦がれた相手は、上原の妻であったことを告白します。
かず子は上原に手紙をしたためます。今、自分のお腹の中には、貴方の赤ん坊がいること。そして、その子は、直治がある女に産ませた子供として貴方の奥さんに抱いてあげてほしいとの思いを綴るのでした。
『斜陽』の感想、解説
『斜陽』はロシアの文豪で劇作家のチェーホフが著しました『桜の園』に影響を受けて書かれたそうです。
美しく、そしてどうしようもなく、誰もが幸せを願いながら没落していく様が精緻に描かれています。戦争という大きな価値観の変動の中、資本主義、社会主義、貴族と農民が一緒くたになりながら、次の時代へと向かう中でどうにもならず堕ちていく人々の感情がここにはあります。
現代においては、強固な価値の転換というのはそうないでしょうが、それでも価値というものそのものが薄れつつあり、その中で生きにくさを感じたり、まったく違う価値観を生きる人をうまく受け入れられなかったりはあると思います。
今を生きる私たちの感情がかず子や直治、そして上原の中に見いだせるかもしれません。確かに『桜の園』や、フローベールの『ボヴァリー夫人』のように、本作『斜陽』は今なお読み継がれているのですから。
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