梶井基次郎について

『城のある町にて』のあらすじ、解説、感想とかとか。

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『城のある町にて』は、梶井基次郎の小説です。1925年、『青空』誌上にて発表されました。

可愛がっていた妹が亡くなってしまい、その傷が癒えるまで?の城のある町の風景と峻自身の心象風景が描かれ続ける、あらすじを読んでみても何もわからないタイプの小説ですね。透き通るような文章の連続が魅力の一作です。

『城のある町にて』のあらすじ

「ある午後」「手品と花火」「病気」「勝子」「昼と夜」「雨」と6つの章から成る作品です。

ある午後

主人公は峻さん。可愛い盛りの妹さんを亡くし、五十七日も経ってない家をはなれ、彼はお城の跡のあるお姉さんの家に来ていました。

町の高い場所、城跡の上から見える空は、”悲しいまで晴れていた”。秋の終わりで、つくつく法師が啼いている。城跡には様々な人が来る。夕涼みに来る者、昼寝をする人、海を眺める人。蝉取りに興じる子供たち、米つきバッタを捕まえる女の子達。日が陰れば、風景はみるみる変わっていく。大きな木立が海岸にところどころあり、人家の屋根がその陰に覗く。入り江には舟がある。ただそれだけの眺めだったが、そこは心が惹かれる風景でした。

手品と花火

姉夫婦とその子供の勝子ちゃんと、義兄の妹の信子さんと夜に出かけました。松仙閣という芝居小屋に行くのです。芝居小屋ではインド人が手品をします。ところが結構失礼な手品師で、握手しようとすると手を引っ込める、その驚いた様をマネして馬鹿にして笑いにする。峻さんはそれを見ていて不愉快になりましたが、ふと、出がけに城跡で見かけた遠くに閃いた花火のことや子供たちの遊ぶ様子を見て思い出すと何だか癒されてくる。それどころか、下手な手品師に腹を立てていたことが滑稽にさえ思えてくる。

終わって、勝子ちゃんが「ああ面白かった」と嘘みたいに取ってつけたような感想を言ったのが面白くて、皆で笑って帰りました。

病気

お姉さんが病気になりました。医者に診てもらうと、腎臓を悪くしていたことがわかりました。お姉さんは、とついでから病気になったのは二度目でした。一度目は北牟婁(三重県)にいたときのことでした。その時は回虫にやられていました。

それから義兄から北牟婁にいた頃の話を聞きます。一度、勝子が川にはまったことがありました。そのころ、義兄は心臓脚気で体を悪くして寝ていて、兄の祖母のおばあさんが勝子と遊んでいたのですが、しばらくして変な声がして、おばあさんが戻ってくると「勝子が」といった切言葉が出なくて、手先が震えているのです。見ると、勝子が川に流されているのです。

病気の身でしたが、義兄は川へ飛びこみ、娘を救い出します。ぐったりしていたので、逆さにしたり背中を叩いたりして名前を呼びながら水を吐かせようとします。するとけろりと勝子は目を覚まし、立ち上がった途端にすぐにいつもの調子で踊り始めたのです。

御祖母さんはその事件の跡から、少しボケ始めたようになって、一年後ほどに亡くなりました。峻はそれを思うと、その運命は余りに残酷なように思えました。

勝子

峻が原っぱに面した窓に寄りかかって外を眺めていると、勝子が友だちと遊んでいました。男の子とあらっぽい遊びをしていて、何度も倒され、地面に押し付けられていました。遊んでいる様子ではあるが、どうも勝子にだけは意地悪しているように見える。

その晩、勝子は激しく泣きました。掌に棘が刺さってしいて、そこに醤油が沁みて泣いているのです。その泣き声を聞きながら、峻には、昼間の時のやせ我慢を今爆発させているのかもしれないと思い、何か悲しいもののように思えていました。

昼と夜

城のそばの崖には、立派な井戸がありました。そこで若い女の人が二人、洗濯物をしていました。豊かな水があふれ、周りの木々の緑がそこに写る。水が跳ねるとそこに虹が立つ。そんな美しい光景なのでした。

それは、かつて国定教科書か小学唱歌にあったような営むべき生活の美しさを思い起こさせました。

その頃、峻は時々夜に眠れないことがありました。その夜のあとには、ちょっとしたことに底熱い興奮を覚え、それが止めば強い疲労感を覚えるのです。変に感性が冴え、奇妙な妖術が使えるような気持にもなるのでした。そうした心地が昼となく夜となくやって来るのでした。

八月も終わりになり、信子さんは町の学校の寄宿所に戻るところでした。夏の朝方、母親と娘と姪っ子が、停留所へと向かう様を思い浮かべると、それは美しく、心が清く洗われるような心地がしました。

その晩も峻は眠ることができませんでした。外の物干しには信子さんの着物が掛かっていて、それが信子さんの体つきをほうふつとさせました。夕立が真夜中に一度来て、その続きが再び城を越えてやってくることを待っていました。

『城のある町にて』の感想、解説

私小説の名手たる梶井基次郎の作品の中でも美しさが際立つ作品ですね。梶井基次郎には実際に八重子という妹がいて、その子は三歳で亡くなっています。ちなみに、この八重子という子は異母妹で、お父さんが仕事先の女の子に手を出しちゃって出来た子で、それが梶井基次郎に苦悩を与えたそうで、それでも妹のことはひどく可愛がっていたようですが、亡くなったときには非常に悲しんだそうです。

それで養生を兼ねて、姉の住む松坂へしばらく逗留しています。そう、情緒豊かで、感性鋭い梶井基次郎の『城のある町にて』の舞台は、松坂城址なのですね。その時の様子がこの小説に描かれています。

信子さんへの恋?心が煌めいたり、妹と勝子が重なっているように思えたり、風景や人々とのささやかなりし交流の美しさが光る作品です。『檸檬』を読んだ方は、ぜひこちらもご一読くださいませ。







-梶井基次郎について

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