芥川龍之介について

『煙草と悪魔』のあらすじ、感想、解説。

投稿日:2019年11月12日 更新日:

 

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『煙草と悪魔』は芥川龍之介が1916年 に「新思潮」上に著した短編小説です。『羅生門』だの『』だのといった作品と同じ時期に書かれた、かなり芥川龍之介最初期の作品になりますね。『南京と基督』などに代表される芥川ジャンル「切支丹物」のひとつです。

そのタイトルの通り煙草と悪魔が出てくる作品なのですが、どうして日本で煙草が普及したか、それは悪魔による所業なのだ、ととんでもない珍説を繰り出してくる小説です。

悪魔はどうやって日本に煙草を普及させたのでしょう? ちょっと変わった、入子型の構造の物語を通じて、本作には芥川龍之介の視点が描かれていました。

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『煙草と悪魔』のあらすじ

そもそも煙草というのは日本に元来ないもので海外から持ち込まれたものなんですが、どのタイミングで入ってきたかというのは諸説あります。(JTのホームページみると、実際、諸説あるようです)少なくとも文禄年間には書物にも名が残ったようですが、しかしまあどこの誰が輸入したかというと、スペイン人だとかポルトガル人だとかいろいろ言うけれど、その実それを持ち込んだのは、他でも悪魔だとこの作者は言うのです。そう、悪魔はカトリックの宣教師、そう、あのフランシスコ・ザビエルさんが一緒に連れてきたその仲間の一派の中にいたのです。キリスト教と一緒に持ち込まれたのですね。神と悪魔と煙草は日本に同時にやってきたわけです。で、作者であるこの人は悪魔がどうやって煙草を持ち込んだかというその伝説をここに書き記します。

ザビエルの仲間に化けた悪魔は、その本人が寄港しているうちに迷子になった隙に船に乗り込み、あっさりとヨーロッパから日本に入り込みました。ところがその日本というのは、マルコ・ポーロが『東方見聞録』に書いた黄金の国ジパングと呼ばれるような、金銀財宝に満ちた国でもなくて、案外退屈だと。しかも悪魔にしてみればキリスト教徒はまさしくまだ一人もおりませんから、やることもねえなと。だます相手もいないわと。

仕方ないので耳の穴に隠していた種を取り出して、園芸でもして気長に待つかと種をまいて畑を耕し始めます。薬草でも育てると思われたのか、これを咎めるものは誰もおらず、周りは鐘の音がぼーんとなったりとのんびりしたもので、しょうがねえべと悪魔は畝をせっせと育てることにしました。

そうすると、数カ月もたてば立派に育ち、紫の花をつけました。この花の名を知るものは誰もいません。が、まあ見事育ったのです。そんなある日、牛商人がその畑の前を通りかかりました。そして、聞きました。「この花は何ですか?」と。悪魔は返します。いや、それは教えられませんと。

「どうかお願いしますよ。私もあなた方の宗教に帰依したのですよ。」

牛商人はそう言います。そう、畑を耕しているうちに、ついにキリスト教徒が日本に現れたのです。確かに十字架も首から下げている。いやー、それでもダメですね。これはとても教えるわけにはいかない。どうしても知りたいならあててみなさい。悪魔はそう言いました。

三日かけて考えてくださってもいい。聡明な日本人ならば、きっとわかるだろう。当たったら、この畑すべて差し上げましょう。いや、この私の酒も絵画も何だって差し上げたってよろしい。

牛商人は問います。「当たらなければどうなるか」と。なるほど、ではこれは賭けである。私はこの畑すべてを上げる。あなたも何か差し出してほしい。

「あなたがそこまで言うならば、あなたが言う何でもおっしゃるものを差し上げましょう。」

「何でもくれますか、その牛であっても?」「もちろん、基督の名に懸けて。」「であれば、あなたの体と魂を頂きましょう!」と悪魔はその正体を現します。たとえ悪魔にしたものであろうと、約束は約束。三日間与えよう、さあ考えていただきたい。頭に2本の角をはやした悪魔はそのようにつきつけました。

牛商人の方は困りました。キリストの名に掛けたものをそう簡単に反故にはできない。ところが考えてもわからない。そうして、悪魔を出し抜く方法を必死で考えました。そうして、牛商人は閃きました。

夜分、畑に牛を連れて牛商人はやってきました。悪魔の前で恐ろしくはありましたが、思いっきり牛を暴れさせて畑を荒らしまくり始めました。畑のそばの家から悪魔が飛び出してきて、コラえらいこっちゃと大騒ぎになります。

「おい、誰だ!俺のタバコ畑を荒らすやつは!」

そんなわけで、ついつい口を滑らした悪魔はその日本人にすっかりそのまま煙草の畑を持って行かれ、今日日本に煙草があるということだそうです。というようなことで作者の書いた伝説の話は終わり、作者によるまとめに入ります。

煙草は取られたが、結果日本に煙草は広まり、悪魔は試合には負けたけれど勝負には勝ったのではないかと。悪魔の誘惑に打ち勝ったと思ったら、案外そうでもないことってよくあるよねと。

また、悪魔はその後どうなったかというと、フランシスコ・ザビエルにその後追っ払われて、キリシタンが禁止になったりしまして滅多に来なくはなりました。そこで悪魔の消息はぱったりと途絶えており、明治以後再び来てるはずなのですが、動静を知ることはできなくなり、全く遺憾である、と作者が述べてこの小説は終わります。

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芥川龍之介『煙草と悪魔』の感想、解説

悪魔というからにはどんな恐ろしいやつかと思ったら、なんだか愛嬌のある悪魔ですね。畑仕事に精を出すとは。

作者がとある悪魔と煙草にまつわる物語を書き止めた、というような形式で本作は書かれておりますから、この”作者”の視点というのは非常に物語において重要かと思います。この話の大事なのは、明記されている通り、

誘惑に勝つたと思ふ時にも、人間は存外、負けてゐる事がありはしないだらうか。

そう、勝ったと思ったら、案外結果的には負けてたということは、確かによくあるかもしれません。悪魔の恐ろしいところですね。悪魔が当初考えていた、そこらの井戸に唾でも吐いて病気を蔓延させるよりももしかしたら煙草を日本に普及させることの方が神の教えなど意味がないのだと絶望を与えられるようになったかも知れませんから。結果オーライではあるものの、悪魔にとっては負けるが勝ちの結果になってしまったわけですね。

また、何より、この小説の肝は、最後の一文にあります。

唯、明治以後、再、渡来した彼の動静を知る事が出来ないのは、返へす返へすも、遺憾である。

まず、明治以後、情報はないけれど確実に悪魔は日本にやってきているわけです。また、次に悪魔はやってきているけれど、その動静を知ることができないのは作者芥川龍之介と考えていいと思いますが、彼にとって遺憾であると、そう述べてるわけです。

悪魔は来てるんですね、恐ろしい。キリスト教というか欧米文化が江戸以降再びガンガン入ってくるようになったわけですから、神の教えとともに再び悪魔はやってきている。そして、おそらくは日本のあちこちで、日本人は賢いですからと賭けを挑まれ、賢いからこそ勝つのですが、その実すべてをどんどん西洋人のふりをした悪魔たちに奪われている。また、その姿はどういうわけだか明治以降は分かりにくくなってしまった。1916年は大正5年で、大正以後でもないのですね、明治以後ですから、すなわち鎖国を解いて以後、西洋人が多く入り込んでしまったことからそれがわかりくくなってしまった。それが遺憾であると。そのような視点を描いているのではないでしょうか。

文明開化の果てに、日本が様々な局面で賢く勝ったと思っているうちに、実は悪魔の思うつぼにハマっていくのを芥川龍之介は危惧していたのかもしれませんね。

彼が『煙草と悪魔』を書いてから100年余り。どうでしょう、日本は悪魔の思うつぼにハマっていますかね? それとも悪魔のずる賢さを上回るような賢さを身につけたでしょうか? まあ、煙草自体は日本からだいぶ減りはしましたけどね。もしかしたら、煙草ではないけれど、もっと大事なとんでもないところで、そこいら中で悪魔たちが好き放題してたりして。

芥川龍之介の初期作品である『煙草と悪魔』、ぜひご一読くださいませ。

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