芥川龍之介について

『点鬼簿』の意味、あらすじ、その解釈。新原フク、新原ソメ、新原敏三にまつわる物語。

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芥川龍之介が書いた小説、『点鬼簿』をご紹介します。初出は1926年、大正15年、『改造』誌上になります。4つの章に分かれた、エッセイのようなとても短い短編小説になります。

『点鬼簿(てんきぼ)』の意味

点鬼簿とは、死者の姓名を書いた帳面、過去帳のことです。本作は三人の死者のことが書かれた作品で、母、姉、父、三人のことになります。母は新原フクさん、姉は……芥川龍之介にはお姉さんは二人いるのですが、上の方のお姉さんの話で、新原ハツさんです。戸籍上は、新原ソメさんで、ソメ⇒初め⇒初、で転じてハツと呼ばれていたそうです。そして父は新原敏三さんです。

芥川龍之介というのはペンネームではなく本名で、だったら親の名字がなぜ新原なのかと疑問に感じるでしょうが、芥川龍之介という人は子どもの頃にフクさんのお姉さんのフキさんの家に引き取られて、それでそっちの家が芥川家だったんですね。複雑な家庭環境を生きているのです。

というのが読む上での前提となる知識となります。その辺はこちらの記事にちょこっとまとめていますのでこちらも読んでみるといいかもしれません。

『点鬼簿』のあらすじ

新原フクの話

一章は、お母さんの新原フクさんのお話です。彼女は精神にやっまいを患っていた女性で、先述のとおり早いうちから芥川家に引き取られましたから芥川龍之介は彼女に母らしい親しみを感じたことはありませんでした。

いつも長いキセルで煙草をスパスパ吸っていて、顔の小さな小柄な女性で、顔はいつも土気色でした。土口気泥臭味という語に会うたびに母を思い出したそうです……。土口気泥臭味ってものすごいパワーワードですが、王実甫の西廂記の一節にあるそうです。口数少なく、顔色悪い、みたいなことですかね……。ともかく芥川は彼女に面倒を見てもらったことはないのでした。

彼女が亡くなったのは芥川が十一歳の時のことで、その時のことは案外はっきり覚えていると。ある風のない深夜に養母の芥川フキさんと人力車で、なぜだかろくにつけたこともないスカーフをまいて、本所から芝へ危篤の母の元へ向かいました。臨終間際のフクさんの前で切なさがこみ上げるのを姉(この姉は、次姉の方)と二人感じ、ご臨終……と思ったら急に目覚めて、それから数日の間生きていたとのこと。

三日目の晩に苦しまずになくなりました。最後の最後は正気に戻り、二人の子を見て涙をこぼしました。が、いつものように何も言わずじまいでした。

ロクに人の命日も戒名も思い出せないけれど、お母さんの命日は11月28日。戒名「帰命院妙乗日進大姉」も覚えている。それは、きっと十一歳の自分がそれらを覚えることが誇りの一つだったからだろうと振り返っています。

新原ソメの話

一番上のお姉さんは芥川が生まれる前に亡くなっています。初ちゃんと呼ばれていました。大層愛情を受けて育てられたようで、芥川龍之介にそのおさがりがいっぱいあって、立派な着物の端切れを人形に着せたりして遊んでいたそうです。

初ちゃん最後のエピソードは、芥川フキさんに庭先でこの木、何?と問うた時、それはボケの木だったので、「あんたの木だよ」と言ったら「バカの木かー」と言ったと。この件を何回も芥川は聞かされたそうです。そういう親戚の話、あるよね。

姉の命日は4月5日。これも覚えているが、戒名は覚えていない。よくわからないが、この会ったこともない姉に妙な親しみを覚えている。生きているとすれば、40を越えた辺りで、きっと母に似てただろう。タバコの吸い過ぎか珈琲の飲み過ぎか。はたまた霊的な者か、40くらいの母に似た女性がいつも自分を見守ってくれているような気がする、と書いています。

新原敏三の話

最後はお父さんの話。お父さんは牛乳屋さんで、割とビジネスで成功した人だったそうです。バナナやアイスクリーム、パイナップルにラム酒。それら、当時珍しかったハイカラなものはすべて父が教えてくれました。お父さんは芥川にアイスを食わせながら、ウチに戻って来いと口説いたこともあったそうですよ。でも、芥川は伯母さんが大好きだったので家には戻らなかったみたいです。

また、短気なお父さんで、中学三寧世の時に戯れに相撲を取って何度か投げ飛ばしたらマジ切れして、当時のお父さんの奥さん、は、フクさんの妹でこれもまたややこしいのですが、負けてあげなというめくばせをして、接待相撲してあげたこともあったそうな。

それで、彼は芥川28の時に亡くなっています。亡くなる折には、母フクさんと寿司を食っただのどこへ出かけただの些末な話をし、その翌朝に静かになくなりました。葬儀のことは覚えていないけれど、病院から実家へ行く霊柩車を、大きい春の月が照らしたことだけ覚えている、と書いています。

墓参りをした時の心境

さて、そんな三人は皆同じ墓に入っております。芥川は三月に妻と墓参りをしました。両親のことも姉のことも忘れていられるものなら、忘れてしまっていたい。だが、その日は春先の陽の光をあびながら、三人のうち、誰が一番幸せだっただろうか……? と考えたりするのでした。

かげろうや塚より外に住むばかり

そう詠んだ丈艸の気持ちが、その日は押し迫って来るほどにわかるのでした。

『点鬼簿』の解説

本作の冒頭は

僕の母は狂人だった。

で始まるのですが、芥川龍之介という人は知性と感性でそういうことと割と無頓着に生きてきたように思うのですが、ここでついにそういうことを書き始めた辺りから、追い詰められつつあった様が見て取れます。

また、最後に出てくる丈艸というのは俳人内藤丈艸のことで、「初蟬」という句集に収められております。松尾芭蕉の弟子で、『枯野抄』にも登場します。

この歌の意味としては、自分もまたかげろうみたいなもので、塚、まあお墓の外にいるかいないか位の差しかないよね、みたいなことですね。この作品を書いてから翌年7月24日芥川龍之介は亡くなっています。

つまり、この作品を書いていた時点で、でだいぶ希死観があったと考えられます。『歯車』と対になるような一作とも言えるかもしれません。

暗い小説?ですが、何でしょうか、『歯車』は割と自分を突き詰めて書いてきますが、本作は自分を見守ってきたであろう(血のつながりという意味での)本当の肉親たちのことを愛情をもって、それでも何だかものすごい疲労感と共に書かれているのが何だか実に切なく感じられます。しみじみ悲しい一作です。







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  1. […] ちなみに、芥川龍之介には姉が二人いて、長姉の新原ハツさんの方は龍之介が生まれる一年前に亡くなっている。その辺りのことは、『点鬼簿』に詳しい。下のお姉さんは、ヒサさん。 […]

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