芥川龍之介について

『杜子春』のあらすじ、感想などなど。

投稿日:2016年5月11日 更新日:

『杜子春』という小説の作者は、ご存じ芥川龍之介です。『杜子春』の読み方は、(とししゅん)です。杜子春というのは、主人公の名前でして、この男はお金持ちのボンボン息子であります。童話的なお話で、非常にわかりやすい物語ですね。「杜子春伝」という元ネタがあり、これを芥川龍之介が改変して新たに小説として仕立て上げた作品となります。

杜子春のあらすじ

主人公杜子春は、ある春の夕暮れ、唐の都洛陽の西の門の前でぼさっと突っ立っておりました。お金持ちの息子でしたが、お金を使い切ってしまい、今や日々の暮らしに困るほどの生活をしておりました。洛陽というと、まあお金持ちの集まる大都市で、通りゆく人はだれもかれもきらびやかですが、彼ひとり明日をどうして生きていけるのか悩んでいる、といった具合です。

そこへ一人の老人がどこからともなく現れ、おまえは何を考えているのだと問いかけます。杜子春が、今夜寝るところもないのでどうしたものかと悩んでいると答えると、老人は言います。ならばこの門の前に立ち、夕日がもう少し落ちておまえの影が地に伸びたとき、その頭のところを掘りなさいと。そこに黄金が眠っていると。

あくる日、杜子春は洛陽一のお金持ちになります。本当に黄金があったわけです。そしたら、毎日どんちゃん騒ぎです。贅の限りを尽くし、来る日も来る日も飲み会です。すると洛陽の街のお金持ちたちも毎日のように杜子春のもとにあいさつにやってきて、やがて杜子春を知らぬ者は洛陽の街にいなくなるほどになりました。

ところが、黄金にも限りがあります。三年ほどすれば再び杜子春は無一文になり、再び彼は洛陽の西の前に立ち、死ぬしかないと考える境遇へと落ちてしまったのです。

そこへ、老人がまたもどこからともなく現れます。そして問うのです。おまえは何を考えているのだと。杜子春は当時のことを思い出し、再び今夜寝るところもないのでどうしたものかと悩んでいると答えました。

老人は、西の門の落ちた自分の影の頭のところを掘りなさいと言います。そこに黄金が眠っているからと。なんと確かにそこには黄金がまたあって、杜子春はもう一度洛陽一のお金持ちになってしまうのです。しかし、人間とは悲しいもので、杜子春はまた税の限りを尽くし、またも無一文の身へと落ちてしまうのです。

三度彼は洛陽西の門の前におりました。そして、そこへまた老人が現れ、こう問うのです。おまえは何を考えているのだと。

杜子春は言います。今夜寝るところもないので、どうしたものかと悩んでいると。老人は、言います。西の門に射す夕日の影――杜子春はその言葉を遮りました。「もう黄金はいりません」と。

彼は、ほとほと人間というものに愛想が尽きていました。お金があれば寄ってくる。なくなれば誰一人声もかけてこない。そういう人間に愛想が尽きていたのです。老人はそうか、ならば貧しいまま穏やかに暮らしていくかと問うと、杜子春はあなたの弟子になりたいと答えるわけです。このような魔法使いの老人、きっと仙人に違いないと。自分も仙人になりたい、というわけです。

いかにも私は鉄冠子という仙人で、まあどうせ私のような仙人になどなれないだろうが、ならばついてこい、となりまして杜子春は老人が差し出した青竹の龍に乗り、空を渡って山の上にある一枚岩の上に彼を連れていきます。そして、仙人になりたいならば少しここで待っていろ、ただ私を待っている間様々な魔性がおまえに襲い掛かるだろうが、絶対に声を出してはならない。声を出したら仙人になることは到底できないのだからな、と彼をおいていくのです。

するとどうでしょう、巨大な虎が唸り声をあげて杜子春に襲い掛かってくるではないでしょうか。なるほど、これが魔性とやらか、ということで杜子春は虎が襲い掛かろうが、暴風が吹き荒れようが、雷が落ちようが、口を利かずに我慢するわけです。

やがて厳かなる戦士が現れ、そこをどけと言ってきます。そこは俺の場所であって、貴様の場所ではない、といった具合です。矛を杜子春に突き立て脅すのですが、杜子春はまだ口を開きません。

ついにその矛は杜子春を貫きます。彼はその場にばったり倒れ、死後の世界へとその魂は連れ去られるのです。

死後の世界にいたのは、閻魔大王でした。閻魔大王はなぜあんな所にいた、私を誰だと思っているのだと杜子春をむち打ち、剣の山、血の池、まあありとありゆる地獄の辛苦を味合わせて口を開こうとさせます。が、杜子春は仙人になりたい一心で口をつぐんだままです。もしかしてこいつは口が利けないのではないかと側近が閻魔にいうのですが、ならばと閻魔は杜子春の両親を畜生道から連れてきて、彼の目の前でむち打ち始めるのです。

杜子春はさすがに目にしてられず、目を閉じます。まだ口を開きません。その姿を見て、母は言います。あんたがこれで幸せになれるのなら、お母さんのことは何とも思わず、言いたくないのなら言わなくていいのよと。その言葉を聞いたときに、人間というものに愛想が尽きていた杜子春の心が動き、目を開いてしまいます。そして、ついに言ってしまうのです。「お母さん」と。

――気が付くと、そこは西の門の前でした。仙人は杜子春に言います。やはり、おまえは仙人になれなかったなと。杜子春は、いくら仙人になれたとしても、あの時声を出さないわけにはいかなったと言います。

仙人は彼に問いかけます。では、これからどうするかと。杜子春は、どうなるとしても人間らしく正直に生きていこうと思う、と答えました。

杜子春の感想

非常にわかりやすい筋で、小学生でも読書感想文が書きやすい題材の小説ですね。

元を中国の故事に取っているせいか、やはり仏教的というか、仏陀のように税の限りの果てに真実というのは見えてくるのですね。今の時代ならば、杜子春のように黄金を手に入れたら貯金して暮らす人もいそうですが……。

仙人様は杜子春をして物分かりがよさそうだということで二度も黄金を与えたわけですが、二度落ちなければ気づかないというのは物分かりが良いのでしょうかね。年の割に、みたいなことを言ってたので、杜子春は十代の少年くらいなんでしょうね。

童話的小説のお手本のような小説で、教科書にふさわしい小説という感じですね。ぜひお若いうちにご一読いただくといいんじゃないでしょうか。







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  1. […] 芥川龍之介に『仙人』という小説があります。文字通り仙人が出てくる小説なのですが、考えてみれば、芥川の小説にはよく仙人が出てきますね。『杜子春』とかね。 […]

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  3. […] 『白』とか『魔術』とか『三つの宝』みたいな、児童向けの一作ですね。ちなみに『赤い鳥』では、『蜘蛛の糸』『魔術』『杜子春』などを発表しており、本作『アグニの神』が芥川最後の『赤い鳥』での発表作だそうです。 […]

  4. […] ということで、ちょっとゾッとするような、妙な話の上に怖い話のオチがついている作品なのですね。晩年の『歯車』のような不気味さがちょっとありますが、芥川龍之介が自殺する六年も前のことで、本作と同じような時期に『杜子春』とかを発表してますから、ドッペルゲンガーとかの類ではちょっとなさそうですね。 […]

  5. […] 芥川家で蓄えた教養、そしてさすが東大英文学科、ゴーゴリやドストエフスキーなどの海外文学、『今昔物語』や『宇治拾遺物語』をベースにして、そうした失恋等々から人間のエゴイズム、ちょっとした機微を読み取る才能をいかんなく発揮し、『羅生門』やら『鼻』やら『杜子春』やら何やら大量の古典ベースの名作を書きまくります。 […]

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