芥川龍之介について

『藪の中』のあらすじ、感想、推理と犯人・真相などなど。

投稿日:2018年8月10日 更新日:

真相は、藪の中。なんて言葉がありますね。これは本作『藪の中』から生まれた言葉です。 本作は1922年に「新潮」誌上に発表された作品で、初出時のタイトルは『将軍』。芥川龍之介最後の王朝物作品としても知られています。

ある藪の中で起こった殺人事件における七つの証言の集まりから成る作品で、それぞれ微妙に証言が食い違い、また誰が真実を語っているかわからないという構造になっており、話を統合して考えてみると、結局真相がさっぱりわからない、というような作品になっています。

ということで、転じて「藪の中」という言葉の意味は、真相が誰にもわからんことをいうようになりました。

では、元ネタの『藪の中』はどのように、どれくらい真相がわからないのか?を見てみましょう。

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芥川龍之介『藪の中』あらすじ

檢非違使に問はれたる木樵りの物語

第一発見者。山科の駅路から、四、五町離れた、竹の中の痩せた杉があるところで死体を発見。縹の水干に烏帽子をかぶったまま仰向けに倒れていた。胸元に一つの突き傷あり。周囲の竹の葉に血の跡あり。傷口はすでに乾いており、蝿がたかっていた。杉の根に、一筋の縄あり。また、縄の他に、櫛あり。他には何もない。辺りは一面踏み荒らされていた。馬が入れる場所ではない。

検非違使に問われたる旅法師の物語

殺される前日の昼頃に男に会っていた。関山から山科の途中、馬に乗った女と一緒にいた。女の顔は見ていない。馬は法師髪の馬。男は太刀と弓矢を所持していた。矢は二十あまり。

検非違使に問われたる放免の物語

容疑者とされる名高い盗っ人、多襄丸を捕らえた男。昨夜、粟田口の石橋の上でうんうん唸っていたところを捕縛。以前逃げられた時と同様、紺の水干に太刀を持っていた。今回はそれに加えて弓矢も所持。矢は十七本。石橋の端に、法師髪の月毛の馬がいた。

検非違使に問われたる媼の物語

殺された男の妻の母親。男は若狭の侍で、名は金澤武弘、年は二十六。娘の名は真砂、年は十九。娘は行方不明に。

多襄丸の白状

男の殺害は認めるが女は殺していないという。昨日の昼過ぎに夫婦と出会い、娘の顔を見て、娘を奪うことを決意。同時に男の殺害も決意する。

山の中に財宝があると嘘をつき、駅路から離れて山の中へ夫婦を誘導。藪の中へと男を誘うが、娘は馬を降りず。腰に巻いていた縄で男を縛り、竹の葉を頬張らせて声を出させないようにした。その後、女に男が急病になったようだと呼び寄せた。捕縛された夫を認めると、女は小刀を出したが、多襄丸は、それを打ち落とした。その後、多襄丸は娘を強姦。

立ち去ろうとした多襄丸に娘はしがみつき、二人の男に恥を見られては生きていけない、あなたが夫かどちらか死んでくれと言う。多襄丸は男の縄をほどき、決闘の末、二十三の太刀を交わしたのち、殺害。その隙に女は逃亡。多襄丸は男の太刀や弓矢を奪い、都へ向かう。都へ入る前に太刀は捨てたという。

清水寺に来れる女の懺悔

紺の水干を着た男に手込めにされたのち、男は嘲るように笑ったという。夫に走り寄る際に男に蹴られ、転ぶ。目があった夫の瞳に浮かぶのは、蔑みの色だった。ショックに彼女は気を失い、気がつくと男はすでにいなかった。彼女は夫と一緒に死のうと、足元に落ちていた小刀で夫を殺害。口に笹の葉を入れたまま、夫は殺せと呟いたという。その後、夫の縄を切り、自害しようとするが、ついに死に切れず。

巫女の口を借りたる死霊の物語

盗っ人は妻を手込めにしたのち、妻を慰めていた。盗っ人はそれから、自分の妻になれといい、妻はそれを承諾。藪の中から二人して出る際に、あの男を殺してくれと言った。男はその言葉をじっと聞いた後、妻を蹴り飛ばした。そして、自分に、あの女を殺すか助けるか決めろと言った。答えあぐねているうちに女は逃亡。また、男も自分の縄を一箇所切った後に逃げ出した。その後、足元にあった小刀で自害。意識を失う直前、誰かがやってきて、胸の小刀を抜いて逃亡した。

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何がどれくらい食い違っているのか

ほとんど話している内容は、何もかも食い違っています。例えば矢の数。昨日会ったという旅法師は 金澤武弘 が20余りの征矢を持っていたと言いますが、犯人(とされる)多襄丸を捕まえた時には17本持っていたと言います。3、4本どっか行ってるのですね。そんなの落としたんじゃないのか、という感じですが、冒頭の木樵曰く、死体の周りには何もないと。

何かを手掛かりに考え始めようとすると、あっという間に矛盾や新たな謎に突き当たる。そうして、真相はどんどん「藪の中」に……。

芥川龍之介『藪の中』の感想

正しいのは、とにかく、多襄丸が真砂を手籠めにした後、金澤武弘という男の死体が藪の中に残るような事態が起きたこと、ですね。

その事実に対して、多襄丸からすると、怪しい魅力を持つ女に魅了されつつ、決闘の末に殺した。真砂からすると、心中しようと夫を刺殺したが、自分は死にきれなかった。金澤武弘本人からすると、恥辱のうちに自害した……。

三者三様の取り方をしており、まったくどれが真実かわからず、まさしく真相は藪の中なのです。

芥川龍之介『藪の中』の推理

数々の評論家たちがこの真相に挑戦しており、語り尽くされた作品なのですが、一応、推理の真似事くらいはしてみようかなと思います。

先に述べた通り、多襄丸が真砂を手籠めにした後、金澤武弘という男の死体が藪の中に残るような事態が起き、それからなのかどうなのか、ともかく、多襄丸は確かに、金澤武弘から太刀と弓矢を奪い、女の馬に乗って、粟田口まで来ています。

本作は、関係者四名と事件の被疑者三名の証言からなります。関係者四名が嘘をつく理由はなさそうなのでここをまずしっかり読んでみますと、発見時の金澤武弘は、草を口に含んでいない。と考えても良いかと思いました。

というのも、死体を発見した樵はそのことを一切証言していません。金澤は仰向けで倒れており、止まっていた馬蠅の話までするようならば、その描写はあってしかるべきかと思います。となると、草を口に含んだままの夫を刺し殺したという「清水寺に来れる女」の証言がどうも信ぴょう性に欠けてきます。となると、この女の懺悔は何かを隠しているように見えてきますね。

さて、次に不可解なことがあります。なぜ、多襄丸は、金澤の太刀はなぜか手放したのか。多襄丸の自白だと、凶器となった太刀は自分の太刀ですから、凶器でない方の太刀を手放している。(放免の証言からも、太刀は多襄丸のものであることは明らかですね)多襄丸は、なぜそんなことをしたのか?(あとちょっと気になったのは、矢の本数がちょっと減ってる辺りね)

そして、多襄丸には気になるところがもう一つあります。つかまったとき、石橋の上でうんうん唸っていた。というやつですね。なんで彼は唸っていたんでしょう。放免曰く、馬から落ちたんでないかという話でしたが、名うての盗賊が馬から落ちるというのも考えにくい。

その畜生に落されるとは、何かの因縁に違いございません。

と放免も述べており、ここには、ふつう落ちないよね、的なニュアンスを感じます。となると、本当は多襄丸は違う理由で唸っていたのではないか。

つまり、名うての盗人多襄丸が、凶器でない太刀を捨て、馬から落ちて、橋の上でうんうん唸っていたところをあっさり捕縛された、というのは、どうもおかしい。

最後にもう一つ、犯行現場に落ちていたのは、縄と櫛だったと樵が言っています。縄の方は三者とも、解いただの切っただのいろいろちゃんと描写があるのですが、櫛の話が全く出てきません。笠をかぶった女の人が、櫛もするのかどうかわかりませんが、櫛の描写がないのが気になります。櫛はどこから出て来たのか。

ということで、推理してみました。

芥川龍之介『藪の中』の真相・犯人

多襄丸と真砂による共謀殺人であり、本当の凶器は金澤の太刀である。というのが真相かなと思いました。真砂と金澤を呼び寄せたのは、多襄丸の証言通りですが、縄に縛り付けられた金澤の前で二人は愛し合い、その後、金澤の証言のような、自分の妻になれ、と言ったようなやり取りが繰り広げられた後、金澤から太刀を奪って、真砂が刺殺した。

物取りの犯行と見せかけるべく、多襄丸は金澤の装備を盗り、真砂の馬に乗って逃げる。おそらく二人で逃げた。多襄丸はその道中で凶器である金澤の太刀を捨てる。それだけだと目立つので、矢に関しても幾本か手放す。

ところが、そこで傍と気づく。真砂の櫛がないことに。多襄丸は真砂を逃がし、一人捕まることを決意する。櫛を忘れるという致命的なミスに苦しんでいるところを、放免に捕縛された……。

え、じゃあ、死霊の証言はどうなるのって?それは、あれですよ、そもそも巫女を介した物語ですし、彼だって若狭侍の意地で自害したことにしないと、ほら、あまりにも浮かばれないでしょ。ね、その辺りの彼の思いは、そう、藪の中……。







-芥川龍之介について

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  1. […] こちらは『羅生門』と『藪の中』が混ざったような一作になっており、どうも最初は日本国内では評判が良くなかったらしいですが、ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞受賞、アカデミー賞名誉賞受賞と海外で評価され、後に日本でも評価されるようになったそうですよ。 […]

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