芥川龍之介について

芥川龍之介『夢』 芥川最後の遺稿のあらすじ、感想。

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芥川龍之介の『夢』という小説をご紹介したいと思います。本作は実は発表されておらず、遺稿として遺されたもので、死後に見つかったものなのですね。『或阿呆の一生』とか『歯車』とかと同じ出自なわけです。

芥川龍之介はこれを破棄するように指示したとかで、幻の作品なのですね。それでは、芥川龍之介が最期に見た夢とはどのようなものだったのかご紹介しましょう。

芥川龍之介『夢』

本作の主人公は画家である”わたし”です。ひどく疲れて消耗していて、不眠症に悩まされています。色彩のある夢は不健全な証拠だ、と誰かが話していたのを聞いたことはあるが、画家だから夢はたいてい色彩がある。友達とカフェに行って飯を食った後に椀のあとを覗いてみたら、一寸ほどの蛇の頭が残っていた――そんな夢も色彩ははっきりしていた。

彼は東京郊外の下宿に住んでいて、すぐ裏には土手がありました。線路が砂利の上にあって、椎らしき木が一本孤独に立っている。そういう憂鬱な光景でしたが、彼の心境にはぴったりの街でもありました。

金もなかったけれど、金持ちの友人がいて、気晴らしに旅行でも行ったらどうだ、金なら出すぞと言ってくれるのですが、以前長崎に行った際には結局気に入らなくて一週間もせぬうちに東京に戻ってきたのでした。

モデルを雇って絵を描くことに。

そんな彼でしたが、ちょっとした小金を得た際に不意に創作意欲がわいて、モデルを雇って絵を描くことにしました。あまりの創作意欲に、これが描けたら死んでもいいなと思うほどでした。

よこされたモデルさんはあんまり美しい人ではなかったですが、体つきは大層よく、髪も豊かなのでした。それで早速籐椅子にすわさらせてポーズを取ってもらって絵を描き始めます。が、描きだそうとしたら、今更ながら自分が疲れていることに気づきました。炭をおこして部屋を暖めて元気を出そうとしますが、温まらない。そうしてるとストーブ一つ買えない自分がみじめで、いらだたしさを感じる。

筆は進まぬ中、わたしは問います。御家は何処ですかと。谷中三崎町で友達と二人で住んでいるということでした。

彼女の話は一本調子で、表情らしいものも浮かばず、それが彼女の生まれながらの気質のようでしたが、徐々にわたしはそんな彼女に圧迫を感じるようになります。

絵は進まず、彼女を見てどんどん憂鬱に

あんなに息巻いていたのに創作はまるではかどらず、彼女が帰った後はただ部屋でぼんやりしていました。部屋の誰も座っていない籐椅子は湿度のせいでたまにきしむ音を立てました。それが気味悪くなると、彼はすぐに土手へと散歩に出るのでした。

毎日モデルに来てもらい、絵を描きました。それでもうまく描けません。彼女から感じる圧迫は強くなるばかりでした。何か彼女に、人間よりも動物のようだなと思えてきて、ついには貧相な自分にはない野蛮な力を彼女から感じるようになります。

モデルが帰ったのちに、下宿の裏の土手に出てまた散歩に行きます。暮れに浮かぶ立木や電灯を見ていると、不意に叫び出したくなりました。そんなことをしてはいけないと土手から田舎町の方に出ると、電灯に朝鮮牛が一頭つながれているのがありました。それを見ているとまたどんどん不安になり、憂鬱になるのでした。

それからニ三日して、また絵を描きました。半月ほどの付き合いになりますが、モデルとの距離は一向に縮まらず、むしろ威圧の感じは強くなるばかりでした。ところがその日の彼女の様子はちょっと違いました。いつも何の質問もしなかったのですが、彼女は下宿へ続く路について話し始めました。そこにある細い石は胞衣塚だというのです。(胞衣というのは、胎児を包んでいる膜および胎盤・臍帯(せいたい)等の総称。だそうです)

彼はそんな言葉を聞きながら、進まぬ筆を動かします。それは気乗りがしないから進まないのではなく、彼女の中の荒々しい何者かを表現することが自分の力量にはできなかったし、それを表現することを避けたいという気持ちがあったからでした。彼は絵筆を動かしながら、時々どこかの博物館にあった石棒や石剣を思い出したりしていました。

ある夜、”わたし”は彼女を殺す夢を見る

その晩彼はゴーギャンの絵を眺めながら「かくあるべしと思いしが」と繰り返し呟いていました。どうしてだかはわかりませんでした。それで不気味に感じて、睡眠薬を飲んで眠りました。

目を覚ましたのは、十時ごろでした。その夜、彼は夢を見ていました。彼は夢の中で夢だと気づきつつ、自分の部屋の中で彼女を片手で絞め殺す夢を見たのです。彼女を殺したいなどと思ったことは一度もなかったのに。

夢は本当に夢だったのか?

その日、一時になっても彼女はモデルの仕事にやってきませんでした。夕暮れになっても来ませんでした。そして、昔のことをふと思い出しました。それは子どもの頃、不意に軒先でしっかりしろと肩をゆすぶられたのです。彼は軒先にじっとしているつもりだったのに、家の裏の葱畑で一心不乱にマッチで葱に火をともしていたのでした。自分には、自分が何をしているか知らない時間がある。それは不気味なことでした。もしかして、あの夢が夢でなかったとしたら。

彼は彼女を紹介してくれたモデル事務所的なところへ行き、安否を尋ねましたが、わからないと言われます。それで、彼女の住む谷中三崎町に行こうと思ったのですが、事務所の主人は彼女は本郷東片町に住んでいるとのことでした。

彼女の下宿先は西洋洗濯屋でした。そこの職人に聞いてみますが、彼女を一昨日から帰っていないと。彼女は時折部屋を一週間くらいあけることがあるんですよと軽蔑した様子で言いました。

現実は夢なのか?

その宿を後にして往来を歩いていると、彼はふとこの光景も夢の中で見たものだと気づくのです。では、その夢がこの先どうなったか? それは少しも思い出せませんでした。しかし、この往来を歩いているうちに、もし何かが起こったとしたならば、それもまたかつて夢で見た光景のようにきっと思えてくるのだろうという心持がしたのでした。

『夢』の感想、解説

……病的ですね!夢と現実のはざまが曖昧になり、不安に押しつぶされていく芥川龍之介の晩年の心境というのはこういう感じだったんでしょうか。

理知的で、煌めくナイフのような知性の鋭さは、美しくそしてぞっとするような深みまで届くシンプルな物語を次々と生み出して来た芥川ですが、そのナイフが晩年空想ではなく自己に向けられていき、知性と感性が彼自身を苦しめていくような感じがありますが、まさしくその集大成、のような作品ですね。耐えきれなくなっていく感じが繊細でとても……良いですね。私はとても良いと思います。

彼女に感じる動物的な力、それは自分の力量では書けない、という辺りが非常に何か正直な印象を受けます。芥川龍之介って、たぶん自分が描いている感覚、感性が100%自分で理解できていたタイプの人だと思うのです。なんか衝動のままに書いてるうちに得体のしれない何者かが出てきた、みたいな作家じゃないんですよね……。この辺りは、本当に苦しかったんじゃないかなあ……と思います。

破棄してくれと指示した気持ちもわかります。読むと、書いてる物と自分との距離が何だかうまくつかめなくなっているような感覚がありますね。現実からどんどん切り離されていく人間の、寂しい魂のようなものを感じられる作品です。ぜひぜひご一読くださいませ。







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